第5章 神々の物語 神話の神々

EDDA edited by V.G.Neckel & H.Kuhn / SNORRI STURLUSON,EDDA edited by Holtsmark & J.Helgason

エッダ ──古代北欧歌謡集

NORDISKE MYTER OG SAGA by Vilhelm Grφnbech

北欧神話と伝説

グレンベック


戦いに明け暮れたヴァイキングたちの
凄まじい終末神話

神々の黄昏(ラグナレク)

北欧神話の世界では、勇敢に戦って死んでいった戦士は、戦乙女(いくさおとめ)のヴァルキューレに導かれ、オーディンの神殿ヴァルハラに迎え入れられる。
ここで彼らは、戦いと酒宴に明け暮れて幸せに暮らすのだ。
北欧神話の主神であるオーディンは、神々と巨人族が雌雄を決する最後の戦い“神々の黄昏(ラグナレク)”に備えて、ヴァルハラに勇敢な戦士たちを集めているのである。

やがて、夏のない一年中続く冬が、三年間一繋がりでやってくる。
この時になると、人間は凶暴な欲望の前に名誉と品位を忘れ、父子も兄弟も互いに憎みあい、血を流し合うようになる。
近親相姦のタブーも破れて、姦淫が大手を振ってまかり通るようになる。
そして世界中が凶作に襲われ、激しい戦いに明け暮れる次の三年がやってくる。
この間も、世界はずっと厳しい冬のままである。

こうして“神々の黄昏(ラグナレク)”は始まる。
つながれていた巨狼フェンリルは自由になり、太陽を飲み込む。
狼の兄弟は月を飲み込み、星々は深淵に落下する。
地球を取り巻くミズガルズ蛇が激怒にかられて陸に向かって押し寄せてくる。
そのため、海が怒涛となって陸地の奥深くまて押し寄せる。
死者の爪から作られた船ナグルファルが浮かび上がる。
巨人フリュムが舵(かじ)を取るこの船には霜の巨人のすべてが乗っている。
目と鼻から火を吐いてフェンリル狼が、口から毒気を吐きながらミズガルズ蛇が暴れまわり、天が裂けて炎に包まれたムスペルの子らが攻め寄せて来る。
戒(いまし)めを解いたロキも戦列に加わり、ヘルの族(やから)がつき従っている。
この時、神々は全員がヘイムダルの吹くギャラルホルンによって目覚め、ヴァルハラ宮の死せる戦士たちを率いて戦いに身を投じるのである。

──「巫女の予言」「ギュルヴィたぶらかし」他

北欧神話と伝説への入門書

北欧の神話と伝説に関しては、莫大な数の文献があります。
最近では日本語で読むことができるものも多数ありますが、ここに取り上げた二冊の本は、北欧の神話と伝説の世界への入門書としてたいへん便利に使えるものです。
『エッダ ──古代北欧歌謡集は、北欧の神話と伝説の最も重要な原典本である“古エッダ”の原典語訳に、神話部分の補足として“スノリのエッダ”の一部である 「ギュルヴィたぶらかし」の翻訳をつけ加えたものです。
『エッダ ──古代北欧歌謡集だけをお読みになる場合は、神話部分をわかりやすく概観できる「ギュルヴィたぶらかし」からお読みになることをお勧めします。
『北欧神話と伝説』は、デンマークの学者グレンベックによって書かれた、わかりやすく丁寧な解説書で、北欧の神話と伝説に関しての概観をざっと見渡すことができるようになっています。

凄まじい終末神話

北欧神話でもっとも印象深いのは、何と言っても、神々の最終戦争“神々の黄昏(ラグナレク)”です。
終末神話に類するものはいろいろの神話や宗教が持っているのですが、神々までが死んでしまうという、そこまで凄まじい終末神話はちょっと珍しいと思われます。
神々でさえも死ぬのだという、虚無的とも思える救いのない認識のなかで、むしろだからこそ、荒々しく勇敢に生きて死んでいこうとしたヴァイキングたち──。

北欧神話の神々には平和や安逸を祈ることはできません。
何しろオーディンは、ヴァルハラに勇敢な戦士たちを揃えるために、世界に戦いの種をばらまいて歩いてさえいるのです。
北の海を命をかけて荒らしまわり、戦いに明け暮れたヴァイキングにふさわしい神話だとも思われます。
もっとも、略奪者としてのヴァイキングのイメージは必ずしも正しくなくて、むしろ彼らは貿易面などで大きな活躍をしていたようですが……。(図説 ヴァイキングの時代』参照)

オーディンの箴言(しんげん)

そうしたヴァイキングの別の一面は、『エッダ ──古代北欧歌謡集の中に収められた 「オーディンの箴言」に見ることができます。
「たとえ健康でなくても万事みじめだという人はいない。ある者は息子ゆえに、ある者は身内ゆえに、ある者は富ゆえに、また、ある者は仕事ゆえにしあわせだ。」

「燃え木は、燃えつきるまで他の燃え木によって燃え、火は火によって発火する。人も他の人と話をすることで賢くなる。引っ込み思案では賢くなれない。」

「性根のまがった哀れな男は、手当たり次第になんでも嘲る。自分にも欠けた点がないわけではないのを、知ればいいのに、それには気がつかない。」

生活に密着したこうした知恵が多数集められた「オーディンの箴言」は、現代の私たちもまた、そのまま心の指針とすることができそうな、感動的で深い洞察を秘めています。

困り者の美男の神様

巨人族の出でありながら神々の一人に数えられ、“神々の黄昏(ラグナレク)”においては神々の敵として戦う美男の神様ロキが印象的です。
北欧神話のサタンという感じのロキは、頭のまわる悪戯者で、神々に災いの種を蒔いてはみずからの手でこれを解決してまわるという、なかなか愉快な神様でもあります。
“エッダ”には、彼に関してのおもしろいお話がたくさん収められているのです。

『ニーベルンゲンの指輪』の原形

『エッダ ──古代北欧歌謡集『北欧神話と伝説』の二冊の本には、神話以外の伝説もたくさん収められています。
そのなかには、シェイクスピアの『ハムレット』や中世英雄叙事詩 『ニーベルンゲンの指輪』など、ヨーロッパ世界で後(のち)に成立する有名なお話の原形が散在して、興味をそそられます。

一大悲劇「ニヴルンガルの歌」の詩群は、『ニーベルンゲンの指輪』の原形となるものですが、キリスト教が浸透してより以後にまとめられ、その枠組の中で再構成された『ニーベルンゲンの指輪』より、北欧の伝説に見られる古い形のお話のほうが、ずっと自然で納得できる形を持っています。


『エッダ ──古代北欧歌謡集』  EDDA, Edited by V.G.Neckel / H.Kuhn SNORRI STURLUSON,EDDA, Edited by Holtsmark / J.Helgason, Translated by Taniguchi Yukio  V・G・ネッケル H・クーン A・ホルツマルク J・ヘルガソン 編  谷口幸雄 訳  1973年8月30日  新潮社
『北欧神話と伝説』  NORDISKE MYTER OG SAGA by Vilhelm Grφnbech, Translated by Yamamuro Shizuka  グレンベック 著  山室 静 訳  1971年12月20日  新潮社

『ニーベルンゲンの歌(全2巻)』 DAS NIBELUNGENLIEDDER NIBELUNGE NÔT), Translated by Sagara Morio  相良守峯 訳  1955年8月5日・1955年11月25日  岩波文庫

『ハムレット』 HAMLET by William Shakespeare, Translated by Fukuda Tsuneari  シェイクスピア 著  福田恒存 訳  1967年9月25日  新潮文庫
『ハムレット』 HAMLET by William Shakespeare, Translated by Odashima Yuwshi  シェイクスピア 著  小田島雄志 訳  1983年10月10日  白水uブックス・シェイクスピア全集

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