第4章 異界の民の物語 異界に生きる

NIFFT TFE LEAN by Michael Shea

魔界の盗賊

マイクル・シェイ


魔界に生きる盗賊の
おぞましくも痛快な冒険譚

命と引き換えに魔海へ赴(おもむ)く
盗賊“痩せのニフト”

捕えられて四つ裂きの刑にされそうになった盗賊“痩せのニフト”とその相棒“チリテのバーナー”。
しかし二人は、キネ・ギャザーの街の代官カミン卿のどら息子ウィンフォートを助け出すことを条件に、命を長らえることになった。
生意気で自信過剰なウィンフォートは、生半可な知識で魔法を使ったために、悪魔ボンシャドによって地底世界に引きずり込まれてしまったのである。
そんな奴のために危険を冒すことなどまっぴらなのだが、自分たちの命がかかっているのだから仕方がない。
もちろん、したたかな悪漢であるこの二人、報酬に四百秤の純金を要求することも忘れなかった。

地底に赴いたニフトとバーナーは、この仕事に私掠船長(しりゃくせんちょう)ギルドマースの助けを借りることにする。
ギルドマースは、かつて地底世界に挑み、そこに捕らわれの身になってしまったにもかかわらず、いまだに人間としての誇りを失わず、地底にある魔海の辺(ほとり)に城を建てて一人暮らしているのである。

彼ら三人は、大変な思いをして、なんとかウィンフォートを悪魔ボンシャドの手から助け出す。
ところがこの少年は、自分の失敗をすべて他人のせいにして、感謝するべきところも恥をかかされたと逆恨みして復讐を心に誓うという、とんでもない悪ガキだったのだ。
それまでも、彼はキネ・ギャザーを滅ぼしかねない悪事をさんざん働きながら、父親の地位のおかげで見逃されてきていたのである。
ウィンフォートを魔海から連れ帰る地底の道中も、この少年のために、ニフトとバーナーにとってはたいへんな災難続きになってしまい……。

──「第2部・魔海の人釣り」

にやりと楽しいどんでん返し

思わずにやりとするようなどんでん返しの結末が用意されています。
『魔界の盗賊』に収められているお話は、みんな、この、最後のどんでん返しが楽しくて、これもお話の読後感を快いものにしてくれます。
ギルドマースのふてぶてしさが魅力的です。

陰惨、酸鼻、グロテスク

蜂の巣のような細胞のなかに「目と口をあけて、きっちり身体を折りたたまれ」て閉じ込められた男や女。
その「人間の体内にトンネルを掘って徐々に入り込み、身悶えしてやせ衰えた体から芽を出している」「脚に関節のある肥った黒い生物」
「沸騰する網の目のような血管によって、生きながら固定され、養われる」 「さまざまに手足を切断された生きた材料」を塗り込めて作られたのたうつ壁。

なかなか気持ちが悪いでしょう?
次から次へと、よくもまあと思うくらい登場してくる異様な生きもの(?)や情景の、陰惨、酸鼻、グロテスクなイメージは半端なものではありません。
美しい別世界をファンタジーに求める、こうしたものの苦手な方は遠慮したほうがいいかもしれません。
ただ、描写が即物的なせいもあるのでしょうか。
ここまでやられると、なんだか滑稽な感じさえしてしまって、結構気持ちよく楽しんでしまうことができるのです。

独創的な異形の世界

悪魔や異形の妖物が人間と共存(?)し、地の底の魔海や死者の地獄が疑いようもなく実在している世界です。
この時代には失われてしまっていますが、過去において、星々に人間を送り、そこにさまざまな人間社会を繁栄させたほどの科学文明の痕跡(痕跡)と記憶が存在しています。
だから、風景としては、超科学文明の廃墟の上に産業革命以前くらいのテクノロジーが乗っかっているといった感じでしょうか。
もしかしたらこの世界は、私たちのこの地球の未来、もしくは過去の世界であるのかも知れません。

作者の手による非常に独創的な世界なので、読者のほうにも作者の描写する見慣れぬイメージをいちいち読み解いていく想像力が要求されます。
けれども、まったく知らない世界と価値観を知ることは、ファンタジーの本来の醍醐味であり、喜びでもあります。
ちょっと我慢して物語世界に浸ってしまうことができれば、脅威に満ちた新しい世界があなたのものになるのです。

おぞましくも痛快な冒険譚

稀代の盗賊“痩せのニフト”は、こうした世界で、おぞましくも痛快な数々の大冒険を繰り広げます。
商売柄、ニフトは毎回結構悪どいことをやらかすのですが、それが決まって“強きをくじき”に徹しているので、彼の冒険は読んでいて痛快です。
“弱きを助け”まではやりませんけれど……。
彼は、ユーモアのある、なかなかおもしろい男でもあります。


『魔界の盗賊』  NIFFT TFE LEAN by Michael Shea, Translated by Usagawa Akiko  マイクル・シェイ 著  宇佐川晶子 訳  1985年7月31日  早川文庫

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