地下洞窟に眠る海竜(ロルダリオン)の角(レナ)を狙ってバルボアに侵攻したアガラスの軍。
彼らはバルボアがすでに“魔船(クロ・ゼッタ)”のヒドラヌスによって侵略を受け、さんざんに荒らし尽くされた後(あと)であることを発見した。
“魔船(クロ・ゼッタ)”は、数年前からガムランの海を荒らしまわり、殺戮(さつりく)と略奪のかぎりを尽くしている、五本マストの巨大船である。
アガラス国の軍司令官ハンニバルは、バルボアの宮殿に捕われていた、ヒドラヌスたちにそっくりの外見を持つ若者ジュンを助け出し、生き残ったバルボアの戦士を捕虜にしてアガラスに帰還した。
ここでハンニバルは、捕虜の処刑に反対して反逆者の汚名を着ることになる。
“魔船(クロ・ゼッタ)”を討ち、さらわれたバルボア国のシャルーファ姫を取り戻すために、バルボア人を率いて討伐(とうばつ)の旅に出ようとするハンニバル。
しかし、彼らの船はアガラスの追撃を受け、ハンニバルの妹シリアは海に落ちて行方不明になってしまう。
このとき、シリアを助けようと海に飛び込んだ病み上がりのジュンは、再び熱を出して寝込んでしまった。
短いアガラス滞在の間に、ジュンはシリアと深く愛し合うようになっていたのである。
海に落ちたシリアは、海竜(ロルダリオン)に助けられ、幻術師ダンカンのもとに届けられた。
アガラスの北端にある氷の谷“霧世界(ルク・ソール)”に住む醜いこびとのダンカンは、魔界の技を操る偏屈な老人だが、彼は思いのほかにシリアを気に入って、彼女をアガラスの手から守ってくれるのだ。
シリアはここで、幻術師の修行をしながら兄の帰りを待つことになる。
氷河の進出によって徐々に冷えつつある過酷な世界。
仮面をつけた不気味な“魔船(クロ・ゼッタ)”の船長の正体は?
そして、ジュンとヒドラヌスとの関係は?
神としてこの地に君臨しようとするバール・ハンモンとは?
太陽系を白鳥座の方向に離れること六千五百光年、魔術が世界を支配する緑の星に展開する大冒険の物語である。
地球から侵略者を乗せた宇宙船がやってきて、科学の力を持たない原住民を征服しようとする……。
こうして始まる《大魔界》のシリーズは、ちょっと見にはSFです。
ところがこれが、完璧にファンタジーしているのです。
『第1巻・竜神戦士ハンニバル』では、まだ、単にダンカンの魔力くらいがファンタジーしているだけですが、
『第3巻・幻神惑星ナーガ』あたりからだんだん凄まじいことになってきます。
『第3巻・幻神惑星ナーガ』では、ハンニバルたちの惑星を去って地球へ帰ろうとするジュンの船を、彼を愛するシリアの想いが、ある惑星へといざない寄せて、ここで彼女の想いが作り出した幻がジュンと交わり、こどもまで成してしまうのです。
つまり《大魔界》の宇宙は、想いが現実を創り出す、まことにファンタジーならではの世界なのです。
だから、心に持っている想いの強いものは、死んでもなお生者の世界に何らかの影響を持ち続け、生者の想いはまた死者を操ることができるのです。
時間や空間を越えて愛と憎しみが交錯し、出会うはずのない人々が出会います。
肉体を失ってなお、愛する女を求めて生き続けるダンカン。
兄に嫉妬(しっと)して兄を魔王に売り渡す、まだ受胎もしていない弟。
生者が死者に恋をし、死者は生者を慈しみ、時に、生者と死者は立場を完全に入れ替えます。
こうした世界で、主人公のハンニバルは、魔法の力を持たないごくまっとうなヒロイック・ファンタジーのヒーローです。
だから彼は、表面的には、こうした心の働きによって生じた事件を、その肉体の力──物理的な力によって切り開いていくわけですが、それを可能にするのも、結局は彼の意志の力、強力な彼の精神力というわけです。
ストーリーは、目まぐるしくテンポの速いアクションで先へ先へと押し進み、緊迫した筋運びは有無を言わさず最後まで読者を引っ張っていく力を持っています。
ミステリアスに二転三転する真実や、複雑に錯綜(さくそう)した思惑の交錯するなかで、読者は主人公とともに翻弄(ほんろう)されることになります。
非常に視覚的で独創的な異形の風景や生き物たちの描写も魅力です。
嫌みたっぷりに渋々といった素振りをしながら、その実、非常に親身になって、ハンニバルやシリア、そして、彼らのこどもたちを助けてくれる幻術師ダンカンが魅力的。
ちょっと見には不気味で得体の知れない老人ですが、彼は結構ひょうきん者です。
別巻の『幻術師ダンカン』は、彼の悲惨な生い立ちを語る物語です。
ダンカンの父親は魔王、母親は魔王の力によって人間の姿に化身したカマキリでした。
とにかく、この《大魔界》のシリーズ、一見してただのSF、一見してただのヒロイック・ファンタジーに見えますが、その実、かなり独創的で変わった、一筋縄ではいかないファンタジーと言えるでしょう。