野盗の群れに襲われて全滅し、狼どもに蹂躙(じゅうりん)された難民のなかでただ一人生き残り、旅人の守り神“土地神”とされて、隊商から隊商へと売り渡される少年“豺王(さいおう)”。
生涯に一度繭籠(まゆご)もって変態する狼領の人々。
あかまゆ
前例のない赧(あか)い繭から再生するのは、果たして“破壊王”であるのか、それとも“救世主”なのか……。
王宮を血の色に染めた惨劇を後(あと)に、新皇帝となった幼児は、千年帝国がこれから歩むことになる大虐殺の道への第一歩を歩み出す。
黒い美貌の馬、華王(かおう)に魅せられて、宮廷の争いに巻き込まれる、雑人の舞人、芥(あくた)。
同じく雑人の出でありながら、人の世に凶兆を告げ知らせる汚(けが)れた紫の血を持つことを隠したまま、島国の領王の寵を受けよる瑶公(ようこう)。
瑶公のために領王の寵を失い、しかし、瑶公を操って国に滅びを招こうとする没落貴族の無為(むい)。
血の色が違うだけで、そっくり同じ美貌を有するゆえに、二人の少年、芥と瑶公の運命は、千年帝国の軍迫る島国の宮廷に交錯する。
大陸の山並みに隠れて、ただ一つ、千年帝国の蹂躙を免れてひっそり息づく幻の王国。
宮殿を焼き滅ぼした火を恐れ、幼女のようになって、滝壷の水から出ることをしなくなった綺羅(きら)。
盗賊の首領にまで落ちて、みずからの国を焼き滅ぼした火を、今度はみずからの手で造り出すことに焦がれる廃王。
十五年の年月を一心に打ち込んだ王宮の彫刻を一夜にして焼タクミき尽くされて、打ち込むものを失った空虚に身をさいなむ匠(たくみ)。
彼らの夢は、幻の王国に新たな惨劇を繰り広げることになる。
物語はまだまだ続きそうな様相を見せながら、この三話をもって終わりとなっています。
あるいは、作者の心の中に、この物語は未完のままにまだあるのかもしれません。
虚無と破壊、鮮(あざ)らかな血の色に染まった美しく残酷な少年たち──。
次々に展開される目眩(めくる)めく夢幻の世界──。
「破壊王」は、破壊の夢に取り憑かれた人々の物語です。
破壊の衝動に憑かれた幼帝の率いるままに大陸を席巻し、すべてを焼き滅ぼし、虐殺し尽くす“千年帝国”。
その侵攻のもとにさまざまなドラマが織り成され、登場人物たちは、蹂躙(じゅうりん)するものも蹂躙されるものも、皆等しく滅びのときを待ち望みます。
漢字の多い美文調の緊迫した文体を読み進んで物語世界に取たり込まれていくうちに、どきどきするような共鳴に心昂(たか)ぶって、後(あと)に何とも言えない感慨が残ります。
変革を求めて、凶暴に滅びや破壊を希求する心の、暗い闇の部分がこの物語を喜んでいるのでしょう。
「破壊王」は、私としてはたいへん惚れ込んでいる小説なので是非とも紹介したいのですが、これは現在、ほとんど手にいれることが不可能な作品です。
雑誌掲載だけで、単行本になることもなく、掲載誌そのものがもうありません。
作者自身、作品を発表することをやめてしまって、かなりの時間が経つのです。
2006年、「破壊王」を収めた『山尾悠子作品集成』が刊行されてこの作品は入手可能になり、また、著者も再び作品を発表するようになりました。