剣を持って英雄になることを夢見る少年タランは、プリデインの小さな農場カー・ダルベンで豚飼育補佐の任に就いていた。
もっともこの農場は、見かけと違ってただの平凡な農場ではない。
この農場で彼と一緒に畑仕事をしているコルは、実は数々の勲(いさおし)を打ち立てた名だたる戦士であり、農場の主ダルベンは偉大な魔法使いなのである。
そして彼が世話をしているのも、ただの豚ではなく、予言の才を持った特別な豚ヘン・ウェンなのだ。
ある日、動物や昆虫の奇妙な振る舞いに不吉な前兆を見たダルベンは、ヘン・ウェンの予言を聞くことにしたのだが、ヘン・ウェンは、何かに怯えて逃げ出してしまった。
これを追って森へ入ったタランは、枝角のついた恐ろしいどくろの面をかぶった“角の王”とその騎士たちに出会う。
ダルベンが話していた、新しくプリデインに興(おこ)った強力な武の王、死を弄(もてあそ)ぶ腹黒い邪悪な王である。
彼は死者の国アヌーブンを総(す)べる闇の帝王アローンと手を組んでいるらしい。
“角の王”の騎士に斬りつけられて命からがら逃げ出したタランは、とうとう力尽きて気を失ってしまった。
意識を取り戻したタランは、自分を助けてくれたのが、有名な英雄であり偉大な武将である、ドンの家の王子ギディオンであることを知る。
彼はヘン・ウェンの予言を聞くために、カー・ダルベンに向かうところだったのだ。
タランは、このギディオンと、ギディオンの与える食べ物に魅かれてついて来た毛むくじゃらの怪物ガーギとともに、ヘン・ウェンを捜して思わぬ冒険の旅に出ることになった。
まず、とにかく、おもしろい。
文句なくどんどん引き込まれて、最後まで息もつがずに読み通してしまえます。
タランを始め、個性的にはっきり描き分けられて、魅力的な登場人物たち。
おのずと醸し出されるユーモア。
彼らの自然な感情の動きが絡み合うなかで、お話は邪悪な帝王アローンとの最後の大きな戦いに向かって突き進んでいきます。
主人公のタランは、読者の思いを投影しやすい、素直でまともで純粋な心を持っています。
だから読者もまた素直で純粋な心になって、この物語をタランと一緒に生きることができるでしょう。
物語を通して真実の自分を捜しながら成長していくタランの大きな悩みは、自分の出自がわからないことでした。
王家の人間や英雄や魔法使いなど、地位も名声もある人々に囲まれて一緒に行動するようになったため、タランは自分にも依って立つことができる権威が欲しいと思うようになるのです。
特に、海神族リールの王女エイロヌイへの愛にはっきり気づいてからは、彼女に求愛するためにも、自分のはっきりした素姓を求めてさすらいの旅に出さえします。
彼が見つけたかったのは、高貴な家の生まれであるという自分の素姓だったのですが、結局それは見つかりませんでした。
彼が人に誇り得るもの、彼が彼として人から認めてもらえるもの──、それは、タランが自分自身の行動によって戦い取っていかなければならないものだったのです。
タランたちの敵は、一度死んで魔法の釜の力によって甦り、感情も自分自身も持たないおぞましい存在となった“不死身”を筆頭に、恐ろしい厄介なものばかりですが、特に恐ろしいのは人間の心に潜む悪でした。
ときに、味方と思っていたもののなかから、人間の心の悪のために敵に寝がえるものが出て、タランたちをたびたび危地に陥れます。
こうした悪の心は、悪の魔法が滅びた後もプリデインに残り、タランが戦っていかなければならないものとなります。
もっともその反対に、タランたちの優しい心に心を動かされ、悪の側からタランの側につくものもあったのですが……。
物語を生きて、無邪気に英雄になることに憧れていた少年は、さまざまな辛い経験を経て、真実、英雄と呼ばれるにふさわしいおとなになっていきます。
もっとも、そうなったとき、タランにとって、英雄という言葉の意味は最初に考えていたものと随分違ったものになっていました。
カー・ダルベンの農場で畑仕事にいそしむコルが、実は、吟遊詩人によってその勲(いさおし)を歌われているほどの英雄であることを初めて知ったときのタランの言葉は、「しかし……あんなにはげてるのに!」だったのです。