第4章 異界の民の物語 異界に生い立つこどもたち

SORCERER'S SON by Phyllis Eisenstein

妖魔の騎士

フィリス・アイゼンシュタイン


父性愛を持ってしまった妖魔

妊娠した魔法使い

自然力、特に蜘蛛と織物を支配する力を持った魔法使い“織り姫(ウィーヴァー)デリヴェヴ”。
妖魔を使う力を持った魔法使いレジークは、彼女に求愛して冷たく撥ねつけられた。
猜疑心の強いレジークは、デリヴェヴが彼を憎んでいるため、彼を拒絶したのだと思い込んでしまう。
デリヴェヴの拒絶は、自尊心の強いレジークの心をしたたかに傷つけてしまったのである。

そしてレジークは、彼女のさらなる報復を恐れて、みずからの手で、デリヴェヴの力の及ばない金の衣を織ることにした。
衣が完成するまでの間デリヴェヴの力を押さえておくために、レジークは彼女を妊娠させることにする。
妊娠した魔法使いは、その間力を失うのだ。

レジークは彼の第一の僕(しもべ)ギルドラムに自分の子種を託し、若く美しい男の姿を与えてデリヴェヴのもとに送った。
傷ついた騎士の姿となってデリヴェヴの城に現われたギルドラムは、デリヴェヴの愛を得ることに成功し、人間を愛することなどないはずの妖魔のギルドラムもまた、真実、彼女を愛してしまう。
しかしレジークの魔力に縛られて、彼の命令に逆らうことのできないギルドラムは、二十日の後(のち)に、口実を設け、デリヴェヴに別れを告げて城を出ていった。
レジークの子種を宿したデリヴェヴは、ギルドラムへの愛ゆえにこどもを下ろすことをせず、魔法を使えない不自由に耐えて男の子を生み落としたのであった。
ギルドラムのこどもと思い込んだまま、彼女はこどもをクレイと名づけ、慈しんで育て上げる。

父親を捜す旅

クレイは成長するにしたがい、父親を知りたいと強く願うようになる。
そのために、彼は父親と同じ騎士になりたいと思い、母にねだって、馬と武器一式を手にいれて鍛練に励んだ。
そして、十四才になったクレイは、デリヴェヴの城を後(あと)にして、父親を捜す旅を始めたのである。
しかしクレイの探索は、彼に不本意な事実を教えるばかりだった。
父の死を証(あか)すものとしてその墓が見つかり、また、父が持っていた剣と盾とは、とある城から盗まれたものであることがわかるのである。
父が何者であったのかという情報は何ひとつ得られなかった。
これ以上のことを探るためには、彼自身が魔法使いになって、妖魔を僕(しもべ)として、これに調べさせるほかはない。
ところが、妖魔を使う魔法使いのなかでクレイを弟子に取ると申し出たのは、デリヴェヴの復讐を恐れる、彼の本当の父親レジークだけだったのである。


父性愛を持ってしまった妖魔

“生みの母より育ての母”という言葉がありますが、これは、“生みの父より育ての父”」とでも言うべき、たいへん感動的な物語です。

ギルドラムは、レジークに仕えてあまりにも長く人間のなかに暮らしていたため、人間らしくなってしまった変わり者の妖魔です。
彼(?)はデリヴェヴを愛し、クレイを自分の子供として愛します。
ギルドラムの感情は人間の男としてのもの、そして父親としてのものですが、男女の区別を持たない妖魔のギルドラムに、普段魔法使いのレジークが取らせているのは、なんと、はかなげなか弱い少女の姿なのです。
僕(しもべ)に対して専横を欲しいままにするレジークの命令に絶対の服従を強いられながら、クレイを守るため、自由になりたいと切望するギルドラムの思いが切なく胸に迫ります。

自由な心のクレイ、猜疑心で自縄自縛のレジーク

主人公のクレイはデリヴェヴ以外の人間とは交わらず、デリヴェヴの城で幸せなこども時代を送ったおかげで、人間社会の偏見に縛られない自由な心を持っていました。
自然の万物を友として生きるデリヴェヴの育て方がよかったのでしょう。
レジークと同じく人交わりには疎(うと)くても、クレイには他者に対する過剰な恐れはなく、素直に他者と接することができるのです。

クレイが人間世界に出て初めて持った友は、金銀妖瞳(ヘテロクロミア)に生まれついたために人々から魔眼の持ち主として恐れられ、家族からも追い出されて、乞食として放浪しているフェルダー・セプウィンでした。

彼の素直な心はまた、人間とはずいぶん違った論理のなかに生きている妖魔の心をも開かせます。
レジークの手から逃れて妖魔の世界に避難したクレイは、妖魔たちを友とすることができたのです。
奴隷としてではなく友人として、妖魔たちはクレイを大いに助けてくれました。

対してレジークは、自分の偏屈な思いから、それに合わせて他人を推しはかることしかできません。
もともとデリヴェヴはレジークを憎んでいたわけでもなんでもないのに、自意識過剰を絵に描いたような彼は、自分の影に怯えるように自縄自縛の思いを育て、どんどん自分の心のなかで空まわりする恐怖心を育てていくのです。
彼女を計って妊娠させたことも、大きく彼の心に影を落としているのでしょう。
そんなレジークには、自分の血を分けたクレイに対する愛など毛ほどもありません。
レジークにとっては、クレイもまた、凌(しの)ぐべき敵の一人でしかないのです。

嬉しい結末

レジークのそうした思いはどんどん増幅されて、物語は緊迫の度を加え、優しい心をもったクレイにもある決意を強いることになりました。
結末はファンタジーならではの大変奇抜なものですが、皆が納まるべきところに納まって、彼らのこれからの幸せを暗示する、たいへん喜ばしい、感動的なものです。


『妖魔の騎士(全2巻)』  SORCERER'S SON by Phyllis Eisenstein, Translated by Itsuji Akemi  フィリス・アイゼンシュタイン 著  井辻朱美 訳  1983年8月31日  早川文庫
『氷の城の乙女(全2巻)』  THE CRYSTAL PALACE by Phyllis Eisenstein, Translated by Itsuji Akemi  フィリス・アイゼンシュタイン 訳  井辻朱美 訳  1997年7月15日 早川文庫
(『妖魔の騎士』の続編です。)

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