第3章 変形する過去・未来 変形する未来

NORTHWEST SMITH by C. L. Moore

ノースウェスト・スミス

C・L・ムーア


太陽系を股にかける無法者と
妖艶な異星の魔女たち

群集に追い立てられる火星の美女

日焼けした傷だらけの顔に透明に近い瞳の褐色長身の地球人ノースウェスト・スミス。
彼は相棒の金星人ヤロールと組んで、腰の熱線銃だけを便りに法の網の目を潜(くぐ)る、宇宙を股にかけた無法者である。幻想の未来都市

火星のあまり開(ひら)けていないキャンプ・タウン、ラグダロールの狭い通りを、興奮した群集に追い立てられて、ノースウェスト・スミスの足元に怯えてうずくまったのは、赤褐色の肌に燃えるような真紅のぼろ布をまとった一人の若い娘であった。
スミスは群集から彼女を助けて、自分の仮の宿にかくまうことにする。

どうやら真紅のぼろ布と見えたものは、実は彼女の皮膚であり、顔には毛の一筋もなく、ターバンはつるつるの頭を隠しているらしい。
猫に似た爪のついた手足の指はそれぞれ四本。
明るい若草色の目は、切れ上がった猫の目のように絶えず動いて、動物の知恵をたたえた野獣の表情を浮かべている。
スミスのすすめる物を何も食べようとしないこの娘は人間ではなかったのである。

悦楽のなかで……

娘をかくまって二日目の夜、何かの胸騒ぎを覚えて、ノースウェスト・スミスは突然目覚めた。
毛布の上に起き上がった娘はターバンをほどいている。
頭からは、真紅の髪の一房が垂れ下がり、丸々と膨らんでうごめいている。
ターバンをすっかり取り去ると、のたうち這いまわる恐ろしい長虫のような彼女の髪は、身をくねらせ、ぬめぬめと光って淫らな滝となり彼女の全身を覆った。
女の緑の瞳がスミスの瞳を射抜いて、彼の心を屈服させる。
もつれた真紅のなかから彼女が手を差しのべると、魂を揺り動かすような彼女への欲求が湧き起こる。

「やっと、わたしの言葉でお話できますのね。ああ、愛しいお方!」

女は、シャンブロウ。
それは、ゴルゴン、メデューサといった伝説の原形となった生きもの──恐ろしくも忌まわしい快楽と引換えに人間の生命力を奪い、それを糧として生きる異星の古い古い生きものだったのである。
彼女の頭にのたうつぬらぬらしたものがスミスの全身を取り巻くと、むかつくような嫌な匂いが立ち込める。
身をくねらせて太い長虫が余すことなくスミスの身体に絡みつき、その優しく滑るような愛撫は、言葉には表しがたいエクスタシーを彼に与えた。
深い快楽と陶酔のなかで、しかし、スミスの魂の深奥は恐怖と嫌悪と絶望に慄(おのの)いて震えているのである。
悦楽の波が深まるにつれて魂の抵抗は弱まり、彼は何もかも忘れて、ただひたすらそのものの与える恍惚をむさぼった……。

──『第1巻・大宇宙の魔女』「シャンブロウ」

エロティックな異形の女たち

《ノースウェスト・スミス》の短編集は、全編この調子で、開拓時代の雑然とした太陽系の星々を舞台に、人類の前文明時代──太古の昔の人類以外の忘れられた文明の名残をとどめる伝説の生きものたちと主人公との、恐怖に満ちた危険で甘美な関わり合いが描かれます。

美を糧にして生きるアレンダーの手で、極致の美を作り上げるべく代々生み出されてきたミンガの処女の秘密。

──「黒い渇き」

木星の月の一つで、それぞれの脳裏に描く理想の美女を目のあたりにしたスミスとヤロールが、それぞれの本性にふさわしい獣に変身させられてしまう話。

──「炎の美女」

異次元の吸血女ジュリとスミスの奇妙な交歓。

──「異次元の女王」

不思議な四角い包みに導かれて時を越えたスミスの生への執着が、太古の昔繁栄を誇った惑星セレスを破壊してしまう話。

──「失われた楽園」

等々。

サディスティックな美しい異形の女たち。
ノースウエスト・スミスの味わうマゾヒスティックな恍惚……。
豊かな色彩感にあふれてさまざまに描かれる異星の情景のなかで、エロティックな暗示に満ちた物語が幻想的に語られます。
そして、危機に陥ったスミスを救うのは、決まって相棒ヤロールの熱線銃なのです。

熱線銃と魔法のファンタジー

宇宙船、熱線銃、異星人──。
道具立てはSFで、もともとがスペースオペラとして書かれたものなのですが、どう考えても、これはSFではなくファンタジーに思えます。
精神的な力で攻めてくる相手を物理的な力で撃退するという図式。
これは“剣と魔法のファンタジー”の未来版、剣を熱線銃に換えた“熱線銃と魔法のファンタジー”なのです。

天使のような美貌の金星人

スミスは理想化された憧れのアウトローといった造形でたいへん魅力的なのですが、彼に劣らぬ大きな魅力を放っているのが、スミスの相棒の金星人ヤロールです。
天使のように美しく無邪気な表情にもかかわらず、実はとんでもない堕天使のヤロール。
瞳のなかに黒い悪魔がにやつき、口元には無慈悲と放埒(ほうらつ)のかすかな皺をきざんだ小柄な金星人……。
金星人ヤロールとスミスの関係も、作者が実は女性であるということとも相まって、今ふうに考えてみればかなり怪しいものがあるようです。

C・L・ムーアは、アンドレ・ノートンと同様、女の名前ではこのような作品を発表する場所がなかった時代の数少ない女性作家の一人なのです。

制約の多さのゆえに

1930年代の経済恐慌の時代、不況にあえぐ大衆に低俗で安価な娯楽を提供したアメリカのパルプ雑誌──、この小説の発表の場所はそこでした。
そのためにこの小説では、男女の絡みを描くような場面は直接的に描かれることはなく、すべては精神的、感覚的な描写で表現されています。
全裸に近い女性のイラストが表紙を飾り、その類の想像力を刺激するべく作られていたにもかかわらず、当時のこの手の雑誌類には、まだそうした制約が厳然として被せられていたのです。
けれども、かえってそのために、その感覚的な表現は読者の官能に直接迫る魅力的な文章を生み出すことになりました。
これはたぶん、女性読者には特に感じるものが大きいのではないかと思われます。

甘美な夢に存分にひたってそのなかに酔いたい、エロティシズムにあふれた、ちょっと危険な作品集です。

イラストの松本零士

この本に彩りを添えた松本零士の美しくも妖しい美女のイラストが、この作品にぴったり合っていて、刊行当時はちょっとした話題になりました。
『セクサロイド』〈漫画ゴラク〉連載  1968年4月9日〜1970年11月3日)等、随分早くからマニアックなSF作品を発表していた氏の仕事が、少しずつポピュラーな場所で認められていく、これは一つの記念すべき場面であったようにも思われます。
漫画家を小説の挿絵画家として採用するというのは、この時代にはまだ、随分と画期的な出来事だったのです。
『宇宙戦艦ヤマト』放映(1974年10月6日〜1975年3月30日)以前の、一時代も二時代も前のお話です。


《ノースウェスト・スミス》  NORTHWEST SMITH by C. L. Moore, Translated by Jinka Katsuo  C・L・ムーア 著  仁賀克雄 訳  早川文庫
『第1巻・大宇宙の魔女』 SHAMBLEAU AND OTHER STORIES  1971年9月30日
『第2巻・異次元の女王』 JULHI AND OTHER STORIES  1972年9月30日
『第3巻・暗黒界の妖精』 NYMPH AND OTHER STORIES  1973年2月28日

『セクサロイド(全4巻)』  SEXAROID by Matsumoto Riji  松本零士 著  1974年6月10日〜1974年7月10日  朝日ソノラマ・サンコミックス
『セクサロイド(全4巻)』  SEXAROID by Matsumoto Riji  松本零士 著  1996年4月30日〜1998年8月30日  扶桑社文庫

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