第3章 変形する過去・未来 変形する未来

MAKAI-TOSHI BLUES by Kikuchi Hideyuki

魔界都市ブルース

菊地秀行


魔界と化した新宿の二人の妖人

妖獣の住まうこの世の魔界

199×年9月13日、魔震(デビル・クエイク)に襲われた新都心新宿は、妖獣の住まうこの世の魔界に変貌した。
外からの干渉を受け入れない小さな別世界に変貌した新宿には、並みの世界では生きられない異能の犯罪者や暴力団が流れ込んで来る。
バイオテクノロジーの怪物や、みずからの身体を武器に変えたサイボーグ。
人を怪物に変えるさまざまな麻薬。
区外(くがい)──、苦界(くがい)では生きられない、身も心も傷ついたものたち……。
世間並みの法の通用しないこの街は、しかしまた、入ってくるものをすべて受け入れる優しさを合わせ持っている。
戸山住宅の廃屋に巣くう吸血鬼たちに対してさえ、住民は、同じ新宿に住む仲間ということで、その生存を許したのである。
そしてこの街は、区外からの観光に力を入れ、この街ゆえの特産品の輸出で稼ぐしたたかさをも持っている。

二人の妖人、人捜し屋(マン・サーチャー)秋せつらと魔界医師メフィスト

新宿がこうした魔界都市に変じて数十年。
この街を代表するような、特出した人物(?)が二人いる。

西新宿に代々続くせんべい屋を営む、人間離れした美貌の秋せつら。
彼は凄腕の人捜し屋(マン・。サーチャー)でもある。
鋼鉄をも切り裂く、目に見えぬほど細い強靭な妖糸を操る彼は、二つの顔を持っている。
その美貌を芒洋とした人の良さに包んだ人間くさい“僕”。
そして、彼が真に激したときに現れる非情の“私”。

新宿を代表するもう一人は、旧新宿区役所に病院を開業する、やはり美貌の魔界医師メフィスト。
その名のとおり、魔的なほどの医術の腕を誇るメフィストは、魔界都市ゆえのさまざまな奇病に苦しむ患者たちにとって、まさしく救いの神である。
彼は自分に救いを求める患者たちには神の如く慈愛深く振る舞うが、その治療を妨げるものたちにはまったく斟酌(しんしゃく)なく、悪魔となってこれに報いる恐ろしい男である。

女嫌いのメフィストは、“私”の秋せつらに思いを寄せて、口実を見つけては言い寄っている。
切ない思いを向けるメフィストと、すげない秋せつらのやりとりは、とんちんかんで滑稽だ。

《魔界都市ブルース》のシリーズは、“魔界都市〈新宿〉”ならではの異様な事件をめぐって、この二人の美貌の男が大活躍をする物語である。


美貌の妖人

黒ずくめの衣装に身を包んだ秋せつらと、純白のケープに黄金のネックレスをきらめかせたドクター・メフィスト。
一人は陽光も色褪せ、一人は月輪も霞ませる黒白(こくびゃく)の美青年。
わけてもメフィストは、人外の美しさ、個人の美的感覚を超越した絶対的な究極の美貌の持ち主です。
だいたい美形(男性の)に弱い私は、このシリーズに限らず、美形が登場する作品には、ついつい点が甘くなってしまいます。
もっとも、頭の悪い美形というのは最低ですが……。
たぶんこれ、男性諸氏が、美女というだけでたいていのことを許してしまうのとおんなじような心境なんでしょうね。

ともかくこの二人、もちろん馬鹿ではありませんし、その上恐ろしく強いのです──、というか、それ以上に、殺してもまず死なない──心臓が止まろうが首が飛ぼうが、いつも平然と生還してきてしまいます。
絶対的な強さを誇る彼らであるがゆえに、読者は安心して彼らの危機を楽しみ、ちりばめられた異様なイメージを楽しむことができるのかもしれません。
この美形二人のいずれかに惚れ込んでしまうことができたら、あなたはもう“魔界都市〈新宿〉”の虜(とりこ)です。

魔界都市〈新宿〉

“魔界都市〈新宿〉”の物語のもう一つの魅力は、魔界都市の諸相、登場するさまざまな魔人、妖獣のイメージです。

午後4時から5時半にかけて、都庁本庁舎の影の落ちる地点に急激な気温低下をもたらす“庁舎凍”。
迷い込んだ人間を思いのままに操る、フジTVに巣くう巨大な蛇。
新宿の地下に茫と広がる大海原。
そして、そこに住まう、鋭い牙をもった肉食の美しい人魚。
小魔の巣と化した“四季の路”変じて“人を食う小路”。
そこに入った人間は、その姿を目撃されながらも出られず、外からも近づけない、元コマ劇場裏の“迷路横丁”。
「あなたの肋骨は二十六本でしょうか?」──流暢な日本語で来客に尋ねる人形少女。
担当の事件のためにみずからの身に負った負傷が重ければ重いほど、事件は早目に解決するという不思議な能力(?)を持った新宿警察署殺人課の刑事、朽葉。
新宿を愛し、区外のすべてを敵に回しても新宿を守るために戦う気概をもった豪胆な新宿区長、梶原。
とやよしこ
百キロに近い巨体の新宿一の情報屋、外谷良子(とやよしこ)。

たくさんの“魔界都市〈新宿〉”

ソノラマ文庫に発表された、誕生間もない“魔界都市”を描いた『魔界都市〈新宿〉』 に始まる菊地秀行の“魔界都市〈新宿〉”の物語は、秋せつらを主人公にした 《マン・サーチャー・シリーズ》《魔界都市ブルース》、 魔界医師メフィストを主人公とする《魔界医メフィスト》の三つのシリーズがメインとなってそれぞれ書き継がれ、現在も進行中です。

他にも、せつらやメフィスト以外の妖人魔人を主人公にした別のシリーズが次々に発表されつつありますので、“魔界都市〈新宿〉”の世界はますます広がっていきそうな気配です。

“魔界都市〈新宿〉”の世界全体を概観するには、菊地秀行監修、 全日本菊地秀行ファン倶楽部編の魔界都市〈新宿〉 暗夜行』がおすすめです。


《魔界都市ブルース》  MAKAI-TOSHI BLUES by Kikuchi Hideyuki  菊地秀行 著  (『魔王伝・1』  MAOODEN Part1  1986年7月20日)〜  祥伝社・ノンノベル

《マン・サーチャー・シリーズ》  MAN SEARCHER Series by Kikuchi Hideyuki  菊地秀行 著  (『魔界都市ブルース・1(妖花の章)』  MAKAI-TOSHI BLUES Book1 YOUKA NO SYOU  1986年4月25日)〜  祥伝社・ノンノベル

《魔界医師メフィスト》  MAKAI-ISHI MEPHISTO by Kikuchi Hideyuki  菊地秀行 著
(『魔界医師メフィスト』  MAKAI-ISHI MEPHISTO  1988年11月20日 〜 『魔女医シビウ』  MAJO-I SIBIU  1992年12月10日)  カドカワ・ノベルズ
(『黄泉姫』    1994年3月15日)〜  講談社ノベルズ

《魔界都市〈新宿〉》  MAKAI-TOSHI <SHINJUKU> by Kikuchi Hideyuki  菊地秀行 著  ソノラマ文庫
『魔界都市〈新宿〉』  MAKAI-TOSHI <SHINJUKU>  1982年9月30日
『魔宮バビロン』  MAKYUW BABYLON  1988年7月30日

《魔界創生記》  MAKAI SOUSEI-KI by Kikuchi Hideyuki  菊地秀行 著  双葉ノベルズ
『魔界創世記』  MAKAI SOUSEI-KI  1992年3月25日
『闇陀羅鬼』  YAMIDARA-KI  1993年11月5日
『暗黒帝鬼譚』  ANKOKU-TEI KI-TAN  1996年1月25日

〈魔界刑事〉 凍らせ屋(全2巻)』  <MAKAI-KEIJI> KOORASE-YA by Kikuchi Hideyuki  菊地秀行 著  1991年12月25日・1992年5月25日

『闇に淫笑(わら)え 魔界都市報告書』  YAMI NI WARAE MAKAI-TOSHI HOUKOYU-SYO by Kikuchi Hideyuki  菊地秀行 著  1992年11月20日  光文社・カッパ・ノベルス

『夜凶街』  YAKYOU-GAI by Kikuchi Hideyuki  菊地秀行 著  1999年7月10日  幻冬舎ノベルズ
『屍凶街』  SHIKYOU-GAI by Kikuchi Hideyuki  菊地秀行 著  1999年7月10日  幻冬舎ノベルズ


魔界都市〈新宿〉 暗夜行』  MAKAI-TOSHI <SHINJUKU> ANYA-KOU, Supervised by Kikuchi Hideyuki, Edited by Zen-Nihon Kikuchi Hideyuki Fan Club  菊地秀行 監修  全日本菊地秀行ファン倶楽部 編  2000年3月10日  青春出版社

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