世界が戦乱のなかにある遥か未来の地球。
ヨーロッパは邪悪な一大勢力“暗黒帝国グランブレタン”によって統一されようとしていた。
“悲劇の千年紀”といわれる時代に現代の科学文明は滅び、剣と魔法(や魔法と変わらない超科学の断片)が世界を支配している。
“暗黒帝国”の狼騎士団長メリアダス男爵によって占領されたケルン地方の公爵ドリアン・ホークムーンは、反乱軍を率いて壮烈な戦いを繰り広げたあげく、敗れて捕われの身となり、“暗黒帝国”の首都ロンドラに送られてきた。
戦いですべてをなくしたホークムーンは感情を喪失し、生きる意欲を失って、ほとんど呆(ほう)けたようになっていた。
メリアダスは科学者のカラン男爵に命じて、ホークムーンの額に“黒い宝石”をはめ込んだ。
ホークムーンの見たものがそのままメリアダスやカランの知るところとなり、彼らが望めば、それがホークムーンの脳髄を食い尽くすという恐ろしい宝石である。
その上でホークムーンは、ヨーロッパでただ一つ、最後まで“暗黒帝国”への抵抗をやめないカマルグのブラス伯爵の城へと送り込まれたのであった。
ときを見て、伯爵の娘イッセルダを誘拐してくるためである。
成功すればケルン地方を返してくれる約束だった。
しかし“黒い宝石”の意味に気づいたブラス伯爵とその親友の哲学者詩人であるボウジェントルは、策を弄してその効力を一時失わせることに成功した。
敗北の衝撃から徐々に立ち直り、“黒い宝石”の支配力からも解放されて人間性を取り戻したホークムーンはイッセルダと恋に落ち、晴れて彼女と結ばれるために、東方の国ハマダンにいるという魔術師マラギギを捜して冒険の旅に出る。
この世でただ一人、マラギギだけが“黒い宝石”をホークムーンの額から取り外すことができるのだ。
ホークムーンの物語の第一部《ルーンの杖秘録》は、宿敵メリアダスと戦い、“暗黒帝国”の勢力を打ち倒すホークムーンの活躍を描くもの。
第二部《ブラス城年代記》は、第1部で死んでしまった仲間たちを生き返らせるため異次元に出かけたホークムーンが、“混沌”と“法”の戦いに巻き込まれていく話である。
この戦いのなかで、エルリック、コルム、エレコーゼ、ホークムーンの四大ヒーローの出会いという、ムアコックのファンにはちょっと見逃せない嬉しい顔合わせが実現し、この四大ヒーローの四者合体という、ロボットアニメ顔負けのおぞましくも恐ろしい出来事が起こることになる。
ホークムーンは、“永遠の戦士(エターナル・チャンピオン)”として括(くく)られるムアコックの物語群のなかでは最も幸せな主人公です。
ほとんどが悲劇の主人公ばかりの物語のなかで、ハッピーエンドで終わるのは、このホークムーンの物語くらいのものでしょう。
ムアコックの“永遠の戦士(エターナル・チャンピオン)”の物語群は、無数の異次元宇宙で戦われる“混沌”と“法”の戦いを基調において、“混沌”と“法”の神々に操られる“永遠の戦士(エターナル・チャンピオン)”の分身たちの物語です。
コルム、ウルリック、エレコーゼ、、ホークムーン、コーネル、エルリック、コーネリアス──、ムアコックの作品に登場するあらゆる英雄たちはすべて、この“永遠の戦士(エターナル・チャンピオン)”というわけです。
彼らは、無数の異次元宇宙、無数の時間帯にそれぞれ同時に存在する、実は同一の人間(?)のさまざまな形なのです。
好むと好まざるとに関わらず神々の戦いの駒とされた“永遠の戦士(エターナル・チャンピオン)”の分身たちは、神々の意図するままに、自分自身の意志に反して動かされ、さまざまな悲劇に直面し、また、自身の手で悲劇を作り出していかなければなりません。
彼らはそのことに悩み苦しみ、最後はたいてい悲劇的な死を迎えることになります。
エレコーゼなどはその死すらも許されず、神々の気紛れに操られ、その転生の過去や未来の記憶を持ったまま、次々に戦士としてさまざまな世界に送り込まれます。
エレコーゼのなかには、もちろん、エルリックやコルムやホークムーンとして生きた記憶があるのです。
“混沌”と“法”の神々と、そして、その均衡を計る“宇宙の天秤(これもまた自らの意志を持つ超越的な存在です)”……。
この三つの勢力の神々の思惑が複雑に絡み合うなかで、ホークムーンは、“法”を代表する“ルーンの杖”の僕(しもべ)として、特に第二部以降、異次元宇宙でこの戦いのなかに積極的に関わっていく(いかされる)ことになります。
そしてこの物語で、ホークムーンは“混沌”と“法”の戦いを終結させ、“永遠の戦士(エターナル・チャンピオン)”としての軛(くびき)からみずからを解放することに成功します。
陰陰欝欝とした膨大な量の悲劇の物語群の後(あと)で出会う、この結末の解放感は、なんとも言い難い喜びです。
願わくは、またまた作者がホークムーンの作品を書き継ぐ気など起こしてしまって、彼が再び悲劇のなかに投げ込まれることなどありませんように……。
現在翻訳されている“永遠の戦士(エターナル・チャンピオン)”の物語には、 《紅衣の公子コルム》、《エルリック・サーガ》(新版は《永遠の戦士エルリック》)、 《エレコーゼ・サーガ》、《火星の戦士》などがありますが、なかでも、美しい白子の化けものエルリック──エルリックとコルムは人類ではありません──のお話は特に有名です。
ストームブリンガーの力を借りなければ起き上がることもできない虚弱体質に生まれついたエルリックは、そのために、ストームブリンガーがエルリックの愛するものを次々とその手にかけて殺してしまう恐ろしい魔剣であるにもかかわらず、これを手放しては生きていくことができません。
魔剣ストームブリンガーに支配され、さらには、混沌の神“アリオッチ”の僕(しもべ)として“混沌”と“法”の戦いに駆り出され、翻弄されて、エルリックは大切なものを次々に失っていくことになります。
何しろ、もともとメルニボネの王であった身が、自分の国を裏切り、滅ぼしてしまうという挙にさえ出るのです。
悲劇の英雄としてはちょっとこたえられないキャラクターです。
そそるでしょう?
まあ、ちょっと読んでみてください。