第3章 変形する過去・未来 変形する過去〈外国編〉

DAMIANO/DAMIANO'S LUTE/RAPHAEL by Roberta Ann MacAvoy

魔法の歌

R・A・マカヴォイ


魔道士の少年と天使の奇想天外な物語

愛する町を守るため悪戦苦闘する魔道士の少年

まじめすぎるほどまじめな“キリスト教徒”である“魔道士”の少年ダミアーノ。
彼は、ルネッサンス期のイタリア、パルテストラーダの町で、父親から受け継いだ屋敷に住み、口を利く雌犬のマチアータを忠実な友として、裕福で平穏な生活を送っていた。
彼を愛(め)でる天使のラファエルがダミアーノの前にたびたび姿を現わして、リュートを教えてくれさえするという幸せな日々だった。
しかし、サヴォイ公国によって町が占領され、ダミアーノのパルテストラーダでの生活は終わりを遂げてしまった。
魔道士であるという理由から、町の住人のほとんどだれにも理解されず、恐れられ疏(うと)まれていたにもかかわらず、ダミアーノは、彼の愛するパルテストラーダの町に再び平和と繁栄をもたらすため悪戦苦闘するのである。

蚤(のみ)や虱(しらみ)のうようよしている不潔な着物。
野蛮な外科手術。
猛威を奮うペスト……。
物語の舞台としての当時の世界は、あくまでリアリスティックに描かれる。


純真な主人公のまわりに集う海千山千の猛者(もさ)たち

登場人物たちがその性格や資質に正直に、精一杯生きてみたら必然的にこうなってしまったという、そうい物語です。
読み終えた後には、じんわりとした快い感動と、こんなところまで連れて来られてしまったのかという驚きの満足感が残ります。

二人の主人公、ダミアーノとラファエルは、普通の人間とはかけ離れたところで生きてきた、それぞれ特異な存在です。
そのため二人は、みずからが酷い目にあったことがなく、世のなかの汚い面を体験したことがありません。
だから彼らは、あまりにうぶで危っかしいほど純真です。
そんな彼らを見かねて手助けをするのが、これは、彼らのうぶを補ってお釣りがいっぱいきてしまう、一癖も二癖もある連中です。
生きてきた環境に鍛え上げられて、真実の自分の純粋性を封じ込めてしまった連中が、むきだしの魂のまま頑張ろうとするダミアーノやラファエルに魅かれて彼らのまわりに集まってくるのです。

ダミアーノにリュートをひいてお金を稼ぐことを教えてくれたのは、娼婦の姉を持つ、町の不良少年ガスパールでした。
彼は、生きていくためなら、泥棒でも、すりでも、詐欺でも何でもやってのける逞(たくま)しい生活力の持ち主ですが、ダミアーノの音楽に魅せられて、彼の音楽に合わせて踊りを披露しながら、ともに旅をします。

ダミアーノと愛し合うことになるのは、歌うことによって魔法を使う、イタリア一の魔道士サーラです。
可憐な少女の姿をしたサーラは、けれども、結婚し、子供を生み、それを失い、さらに恋の遍歴を重ねて、女としての経験をすべて経てきた海千山千の魔女でした。

人間の肉体に閉じ込められ、自分を守る術さえ知らぬまま奴隷とされてしまったラファエルを庇って戦うジュウラは、果敢なベルベル族の女です。

サタンの洞窟に捕われていた、哲学的な中国の黒竜。
彼は、ちゃんと東洋の竜らしく自然の精霊としてふるまい、サタンの化した西洋の悪のドラゴンと戦います。

人間の登場人物を食ってしまう愛らしい一匹と一頭

こうした魅力的な面々のなかでも特に傑出しているのが、ダミアーノにつき従う犬のマチアータと馬のフェステリガンベです。

マチアータは、無邪気で好奇心いっぱいの、主人思いの優しい犬です。
いろいろと堅苦しく難しく考えてしまいがちなダミアーノと、素直であっけらかんとしたマチアーノのやりとりはとても楽しく、この二人は漫才コンビも顔負けの会話を展開します。

フェステリガンベは口こそ利けませんが、人間の言うことをほとんど理解している利口な馬です。
利口すぎて、その点はあまり馬らしくないかもしれません。
霰(あられ)が降れば、ダミアーノの急造の小屋に潜り込んできて、そこで一緒に寝てしまおうとしますし、火の温もりを求めるあまり、焚火(たきび)に近寄り過ぎてしっぽを焦がしてしまったりもします。
そして彼は、人の指図を待たず、自分の考えで立派に戦うことができるのです。
もっともダミアーノが、相手が馬であっても常に相手の人格(?)を尊重して、たずなも鞍もつけずに乗っていたために、フェステリガンベもダミアーノの思いに応えてその本当の能力を見せたのかもしれません。

物凄く寛容な神様

ダミアーノとラファエルは、善意の結果としてではありますが、神の摂理によって禁止されていると思われていることを次々にやってしまいます。
それにしては、神の怒りも罰もちっとも降ってはきません。
神という言葉だけは会話のはしばしに登場し、たぶん彼らの世界には、神、もしくは想像主と言うべき存在があるらしいのですが、それはいっこう、その姿を現すことも、力を奮うこともないのです。
《魔法の歌》の世界に存在する神は、その世界の人間たちが考えているのとは違って、物事に縛られない、物凄く寛容な神であるようです。
もっとも神は、人間のごときちっぽけなものにはただ無頓着なだけかもしれません。
神による罰も降ってこない代わりに、神による救いのほうも、いっこうに訪れることはないのです。

奇想天外が楽しい、これぞファンタジーの醍醐味

だいたい、魔道士が敬虔なキリスト教徒であるというのも滑稽でおかしいのですが、物語の途中で主人公のダミアーノは死んでしまうは、天使が人間に恋をしてそれを成就してしまうはと、ここで起こることは、いわゆる通常のファンタジーの常識を覆(くつがえ)すことばかりです。
でも、本当は、ファンタジーに常識なんてないんです。
ファンタジーの楽しみの大きな部分は未知の世界を知ることであり、それが既知のものとかけ離れていればいるほど、また、こちらの予想を裏切って、さらに翼を広げてくれればくれるほど、これを読むことの驚きや喜びもまた大きいのですから。


《魔法の歌》  MAHOU NO UTA by Roberta Ann MacAvoy, Translated by Ituji Akemi  R・A・マカヴォイ 著  井辻朱美 訳  早川文庫
『第1巻・ダミアーノ』 DAMIANO  1986年12月15日
『第2巻・サーラ』 DAMIANO'S LUTE  1987年2月15日
『第3巻・ラファエル』 RAPHAEL  1987年4月30日

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