第3章 変形する過去・未来 変形する過去〈外国編〉

THE MANOR OF ROSES AND OTHER STORIES by Thomas Bunett Swann

薔薇の荘園

トマス・バーネット・スワン


もう一つの歴史の真実を語る、優しい心の物語

クセルクセス大王のこびとの治療師

時代は紀元前5世紀。
ペルシャの大王クセルクセスの宮廷に、ギリシャからきたこびとのイアニスコスは治療師として仕えていた。
彼の精神(こころ)は若者のもの、顔と身体は六才の子供、それもとびきり美しい、金髪と緑の瞳の子供のものだった。
彼は、ギリシャ人よりもペルシャ人を愛し、そして、これまで愛した誰よりもクセルクセス王を愛していた。

そしてこの宮殿にはもう一人、イアニスコスの愛している人がいた。
クセルクセス王の妃ヴァシチ。
光輝く美しいペトラの国の女王である。
しかし彼女は、王の命令を拒み、宮殿を追われてしまう。
クルド人の王子、廷臣ハマンの陰謀だった。
ハマンはこどもを産まないヴァシチを“幽鬼(ジン)”ではないかと疑い、王と廷臣たちの前で全裸の身体を見せるようにと要求したのである。
“幽鬼(ジン)”は悪しき神アーリマンに仕える一族であり、獣の特徴を身体のどこかに残しているからだ。

翌日、クセルクセス王はヴァシチを連れ戻すための使者を送り出す。
祭司(マギ)たちによる裁判にかけるためである。
それを聞いたイアニスコスは、カスピ子馬(ポニー)に鞍をつけ、女王の後(あと)を追ってクセルクセス王の宮殿を後にした。

イアニスコスには五年前より以前の記憶がなく、尾檮怩フあたりには尻尾を切り取ったかもしれない楕円形の傷がある。
いったいイアニスコスは何者なのだろう。
そして、ヴァシチの正体は?


もう一つの歴史の真実

フォーン・イラスト『薔薇の荘園』に収められた三つの中編は、神話や幻想が現実のものとして存在する、もう一つの歴史の物語です。
「火の鳥はどこに」で、ローマ建国の父ロムルスとレムスの悲劇を物語るのは、牧羊神ファウニです。
「薔薇の荘園」では、十字軍の時代のイギリスの森にマンドレイクが潜んでいて、迷い込んだ旅人を食べてしまいます。

作者は、そうしたもう一つの歴史を造るとともに、もう一つの歴史の真実を語ります。
ギリシア世界から見れば侵略者であり、暴君と呼ばれ人殺しとも呼ばれるクセルクセス王は、立派な人格者でした。
ローマを築いたのは人殺しと盗っ人の集団でした。
神聖な十字軍は、妻や母に悲しみをしかもたらさない、狂気の衝動でしかありませんでした。
それは、勝者の側から見た表の歴史ではなく、敗者の──、弱者の側から見た裏の歴史なのです。

そうは言っても、これは、悲惨で暗い、恨みに満ちた人々の物語ではありません。
歴史の主役になることはなかったけれど、歴史を動かすものたちの狂気に支配されることなく穏やかに優しく生きた人々の物語です。
個々で描かれるのは、優しさに満ち満ちた、だからこそ、他者を支配し、他者に痛みを与えることをよしとしなかったものたちの慈しみに満ちた眼差しなのです。
しみじみと暖かいものが心に残る、優しい心の一冊です。


『薔薇の荘園』  THE MANOR OF ROSES AND OTHER STORIES by Thomas Bunett Swann, Translated by Kazami Jun  トマス・パーネット・スワン 著  風見 潤 訳  1977年11月15日  早川文庫

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