イグレインは姉のヴィヴィアンに命じられ、ローマ人であるコーンウォールの領主ゴルロイスのもとに嫁がなければならなかった。
それでも彼女は、考え方も生活習慣もまったく違う地で、寂しく心もとない生活に耐えて最初の子供モーゲンを産み、ようやくゴルロイスへの愛を育て始めていたのである。
そんなある日、彼女のもとをヴィヴィアンとタリエシンが訪れる。
ヴィヴィアンは、ブリトン人の女神信仰の聖地アヴァロンの女王、タリエシンはドルイド教の予言者である
彼らはイグレインに、彼女が次のブリテンの宗主を産む運命にあると告げるのだが、その父親はゴルロイスではなく、次のブリテンの宗主になると目されているウーゼル・ペンドラゴンだと言うのであった。
反発を覚えながらも、現在の宗主であるアンブロシウスの宮殿のあるロンディニウムでウーゼルと出会ったイグレインは、どうしようもなく彼に魅かれる自分に気づく。
二人には前世からの切っても切れない結びつきがあったのだ。
アンブロシウスが死んで、ウーゼルは新しい宗主に選ばれるが、彼を宗主と認めないものたちは彼のもとを離れ、戦いを挑んだ。
イグレインがウーゼルに魅かれているのを知ったゴルロイスもまた、彼に反旗を翻した一人である。
ゴルロイスによって幽閉状態にされてしまったイグレイン。
しかしある日、彼女のもとをタリエシンの魔法の力によってゴルロイスに変装したウーゼルが訪れる。
この夜イグレインの胎内に宿った子供こそ、後(のち)にブリテンの宗主となって、この地よりサクソン人を一掃することになるアーサーだったのである。
中世騎士物語として、あまりにも有名なアーサー王伝説。
作者はこの物語を女性の視点から語り直すことによって、物語自体にまったく新しい意味づけを与えました。
キリスト教とは異質のさまざまな要素が混在するアーサー王伝説の不思議に、この物語は作者なりの回答を与えてくれます。
キリスト教がブリトン人の間にその勢力を伸ばし、古代からの信仰や生き方を駆逐しようとしていた時代……。
この時代の波に逆らって伝統的な信仰を守ろうとするものたちの、これは戦いの物語です。
そしてそれは、キリスト教の男性原理のもと、サタンの誘惑に負けたイヴの子孫として、人間以下のものに落としめられようとする女たちの戦いでもあったのです。
物語は、伝統的な女神信仰と新しいキリスト教の倫理感の間で苦悩し、運命に翻弄されるアーサーの姉モーゲンを主人公に、主に、女たちの恋愛感情のもつれを描くことによって進められていきます。
それは、非常に巧みに造形された異質な社会基盤や宗教理念によって生み出される異質な心理と相まって、かなり異様なファンタジーと感じられます。
全冊揃えて目の前に置くとちょっと尻込みしてしまうほどのページ数ですが、丹念に描写される女性たちの心理に乗ってしまえれば、ぐいぐいと引き込まれる迫力に圧倒されて、長さなどまったく気にならずに読み通すことができるでしょう。
もっとも、リアリスティックな女性心理の生臭さに拒否反応を誘われるかたもいらっしゃるかも知れません。
アーサー王伝説の原典を知りたい方には、抄訳なのが残念ですが、ちくま文庫の 『アーサー王の死』をおすすめします。
これは、当時ヨーロッパ各地に流布していた“アーサー王伝説”をもとに、15世紀イギリスのの無頼の騎士マロリーによって、獄中で書かれたとされる作品です。
6世紀の始め、ブリトン人を統合し、サクソン人の侵略を阻止して祖国を守ったアーサー王の伝説は、もともとは、サクソン人に征服され、支配されることになってしまったケルト民族の心のよりどころとしての伝承でした。
アーサー王はいつの日か復活し、英国におけるケルト民族の復権を果たすと信じられていたのです。