第3章 変形する過去・未来 変形する過去〈日本編〉

TENSYU-MONIGATARI by Izumi Kyouka

天守物語

泉鏡花


人界の掟を超越した
雅びで妖しい魔性のものたち

白鷺城天守閣の魔性のもの

播州(ばんしゅう)姫路、白鷺城の天守閣は人間の世界ではありません。
百年このかた、生(しょう)あるものの上(のぼ)った例(ため)しのない、そこは魔性のものの世界なのです。
ここに棲み暮らすのは、長(た)けなす黒髪、凄いばかりに白く臈(ろう)たけた、美しい貴女の風情(ふぜい)をした富姫です。
この日彼女は、配下の妖怪変化を引き連れて遊びにやってきた、猪苗代(いなわしろ)は亀の城に棲む妹亀姫と、正面に獅子の頭を飾った天守の間でしばし楽しく遊びます。
富姫は播磨守(はりまのかみ)が使っている鷹狩の白い鷹をとりあげて、土産に持たせてやりました。

天守を訪れた美しい武士

華やかで賑やかな一日が終わって静かな夜になりました。
富姫は一人、獅子頭の前にまどろんでいます。
そこへ、天守への階段を、鷹匠(たかしょう)の姫川図書之助(ずしよのすけ)が雪洞(ぼんぼり)を掲げて上がってきます。
黒羽二重(くろはぶたえ)の紋着、萌黄(もえぎ)の袴、臘鞘(ろざや)の大小の美丈夫(びじょうぶ)です。
彼は白鷹を逃がしたために、殿の不興を受けて切腹になるところだったのですが、逃がした鷹を捕まえるため、特に命じられて天守に上って来たと言うのです。
魔性のものの棲み家となっている天守には、命の大事な他の家来は、誰も恐れて上ろうとしなかったためでした。
図書之助を好ましく思った富姫は、天守へ上った印にと、彼に龍頭(たつがしら)の兜(かぶと)を持たせて帰してやりました。
けれどもそのために、天守は播磨守のさしむけた兵に攻められることになってしまうのです。


雅びな言葉の折りなす妖美の世界

着物・イラストストーリーは至極単純。
まずは、ただただ、絢爛華麗(けんらんかれい)、美しく雅(みや)びな言葉の折りなす妖美な世界に酔ってしまってください。
これはそういう味わいが楽しい物語です。
もともとが舞台のための脚本ですから、この物語は、本当なら、耳から入る音によって味わうべきものなのかもしれません。
作者は、こうした雅びな言葉とイメージの魔力の影で、さまざまなしがらみに縛られることなく、自然な人間らしい(?)姿で生きる妖怪変化のやからから見た人間社会の不思議を語ります。
そして、魔に魅入られた人間は、彼らのものの見方生き方に感応して人間社会を捨て、魔物たちの世界のなかにもっと自由に生きるべく、その身を投じていくことになるのです。


「天守物語」(『夜叉ケ池』所収)  TENSYU-MONIGATARI in "YASYA-GA-IKE" by Izumi Kyouka  泉 鏡花 著  1979年8月15日  講談社文庫
「天守物語」(『夜叉ケ池・天守物語』所収)  TENSYU-MONIGATARI in "YASYA-GA-IKE / TENSYU-MONIGATARI" by Izumi Kyouka  泉 鏡花 著  1984年4月16日  岩波文庫

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