第2章 異形の隣人たち 妖怪変化魑魅魍魎

CYUWGOKU KAIKI SYOUSETSU-SYUW by Okamoto Kidou

中国怪奇小説集

岡本綺堂


異形のものを当り前に受け入れる
中国怪異譚

熊に養われた男

ある男が山奥に虎を射に行き、誤って数頭の子熊が遊んでいる穴に落ちてしまう。
穴は深くて這い上がることができない。
助からないと覚悟した男に、熊の母親は子熊に与えると同様に果物を与えて養ってくれる。
やがて子熊が成長すると、親熊は子熊を一頭ずつ背負って穴の外に運び出した。
自分一人が取り残されたら餓死するしかないと観念した男であるが、親熊は引き返してきて男の前に座った。
男がその足に抱きつくと、熊は彼をかかえたまま穴の外に跳り出て、男は無事に生きて還ることができた。

──「熊の母」

蛟(みずち)を生んだ娘

ある娘が岸で衣を濯(すす)いでいると、身の内に異常を覚えて懐妊し、三つの小鰯(こいわし)のような生き物を生み落とした。
それでも、自分が生んだものであるので、娘は憐みいつくしんで彼らを行水の盥(たらい)のなかに養っておいた。
それらは三月の間に大きくなって、蛟の子であることがわかる。
そのうち、暴風出水とともに彼らは行方をくらませたが、その後(のち)も雨が降りそうな日にはどこからともなく姿を見せた。
娘も子供たちの来そうなことを知って岸辺に出て眺めていると、蛟もまた頭を上げて母を眺めて去って行く。
年を経て娘が死ぬと、三つの蛟はまた現れて母の墓所に赴(おもむ)き、幾日も大声で泣き叫んで去って行った。

──「蛟を生む」

虎の難産を助けた産婆

産婦の取り上げの名人の話。
彼女がある夜外出すると、虎にくわえてどこかへ連れて行かれてしまう。
死を覚悟していると、虎は大きな塚穴のようなところに彼女を下ろした。
そこには一頭の虎が、難産で苦しんでいたのである。
彼女は手当をしてやり、虎は無事に三頭の子を産み落とした。
虎は再び彼女をくわえてもとのところまで送り返した。
その後幾たびか、彼女の門内に野獣の肉を送り込むものがあった。

──「虎の難産」

おかしな顔の化け物

劉生(りゅうせい)という男が、あるとき従兄弟の家に止まった。
従兄弟は、この頃この家に起こる怪のことを話す。
その怪は、いつも出るというわけではないし、どこに潜んでいるかもわからないのだが、その身体は鉄石のように堅く、暗闇で出会うと人を突き倒すのだ。
狩りが好きで、常に鉄砲を持ち歩いていた劉生は、その怪物が出てきたら鉄砲で防いでやることにした。
彼が西の部屋に寝ていると、おかしな顔をした怪物が現われて嘲るように見えたので、鉄砲で撃った。
それが倒れたところには壊れた甕の破片があり、それは、この家にあった古い甕に子供が悪戯書きをしたものであった。
子供が手当たり次第に書いたものだから、顔がおかしく歪んでいたのである。

──「不思議な顔」

無鬼論を唱えて鬼に勝った男

平素から無鬼論を主張して、鬼などというものはあるはずがないと広言していた男がいた。
彼はある日、尋ねてきた見知らぬ客に、鬼に関する論争を挑まれる。
客も大いに才弁のある男だったが、激論の末に、とうとうこれを言い負かしてしまう。
客はたいへん怒り、「論より証拠、私が即ち鬼である」と忽ちにして異形のものに変じて消え失せてしまう。
彼はそれから具合が悪くなって、1年余りの間に病死してしまった。

──「無鬼論」

異形のものとの温かい触れ合い

中国・イラスト数々の中国古典の志怪小説──怪奇小説のことです──から録(と)った怪異譚を、著者独特の語り口で再話紹介した一冊です。
一つのお話は一ページにもならない小さなものが多く、ほんの一冊のなかにたくさんのお話が収められています。

「蚊を生む」のように、異形のものをわりと当り前に受け入れて分け隔てなく交流してしまうという話。
「熊の母」「虎の難産」のような、動物と人間の暖かい触れ合いの話。
さまざまな中国怪奇譚のなかには、怖いというより、心がほのぼのとするような、気持ちのよいものがたくさんあります。

「不思議な顔」のようなお話は、化けものがかわいらしくて、退治してしまうのがかわいそう。
他にも、ヤモリが小人の姿をして現れる唐の太和の怪、臨湍寺(ずいたんじ)の僧の前に現れた青桐の精の怪など、退治したりしないで仲良く一緒に遊んでしまいたいお化けがたくさん登場します。

もっとも、偶然こうした怪に出会ったばかりに、何の落ち度もないのに簡単に死んでしまうというお話が、これまたたくさんあるので、やはりこうした怪は退治してしまうほかないのでしょう。

情念の絡まない怪異譚

日本の怪異の分類から当てはめてみると、ここに収められた中国の怪は、大部分が妖怪の項目に分類されるものになるかもしれません。
情念の絡まりあいのおどろおどろしい恨みつらみの結果起こった怪ではなくて、何故かはわからないけれど偶然出会ってしまった怪。
こうした怪を淡々と語るこれらの話は、あんまり恐くはないとも思えますし、誰でもが、いつそうした怪に出会うことになるかわからないという意味では、たいへん恐ろしい感もします。

残念ながら、旺文社文庫は廃刊になってしまい、現在、書店でこの本を手に入れる術はありません。
わ〜〜っ!! ごめんなさい。
中国の怪奇小説への絶好の入門書だったのですが……。

と書いたのですが、その後、光文社文庫から刊行されて読めるようになりました。


『中国怪奇小説集』  CYUWGOKU KAIKI SYOUSETSU-SYUW by Okamoto Kidou  岡本綺堂 著  1978年4月1日  旺文社文庫
『中国怪奇小説集』  CYUWGOKU KAIKI SYOUSETSU-SYUW by Okamoto Kidou  岡本綺堂 著  1994年4月20日  光文社文庫

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