第2章 異形の隣人たち 妖怪変化魑魅魍魎

ALF LAYLA WA LAYLA

千一夜物語


明るいエロティシズムに溢れた
イスラム世界の民間伝承

毎晩処女の純潔を奪っては殺す王

アラビアの王様シャハリヤールは、毎夜、処女の純潔を奪っては、夜が明けるとその女を殺していた。変身!
王は妃や女奴隷たちの不倫を知り、また、魔力を持った恐ろしい鬼神(イフリート)すらも自分の女にたぶらかされているのを知り、女性不信に陥っていたのである。
妃と女奴隷、そして彼らの乱行の相手の男奴隷を殺させて、以来シヤハリヤールは、こうした所業を繰り返す恐ろしい王になったのだ。
人々は苦しみ恐れて娘たちを逃がし、都には若い娘が一人もいなくなってしまった。
このため、いつものように若い娘を連れてくるよう王に命じられた大臣は、その日、一人の娘を見つけることもできなかったのである。
王の怒りを恐れる大臣に、大臣の娘シャハラザードは、自分を王の相手に差し出すよう頼んだ。
大臣は必死で引き留めるのだが、娘の決意は変わらない。
聡明で教養豊かな彼女には、ある考えがあったのだ。

シャハラザードは別れを告げるためにと、妹のドニアザードを王の寝所に呼び入れることを願って許される。
そしてことが終わったあと、ドニアザードはシャハラザードに寝物語をねだるのである。
不眠で悩んでいた王もまた、喜んで彼女の話を聞いた。
シャハラザードの話はたいへんおもしろく、夜が白み始めると慎み深く口を閉ざす彼女から物語の続きを聞きたいために、王は彼女の処刑を一日伸ばしに伸ばしていくのであった。


あけっぴろげなエロティシズム

“千一夜物語”、または“千夜一夜物語”、あるいは“アラビアンナイト”と呼ばれるこの物語は、こうして千と一夜の永きに渡って、王の寝室でシャハラザードが語った奇想天外なさまざまなお話を綴るという形で編まれた、イスラム世界の民間伝承の集大成です。

心踊る冒険が、純愛が、叡知が、裏切りが……、人生のさまざまな諸相がちりばめられた膨大な物語群のなかには、悪魔(シャイターン)や魔神(ジン)や鬼神(イフリート)が当然の如く跳梁し、魔法使いや妖術師が活躍し、鳥や獣は喋ります。
そして、淫靡(いんび)なところの微塵(みじん)もない、あけっぴろげでエロティクな情景があっけらかんと語られます。
不眠症気味の王様が、眠れぬ夜をシャハラザードの物語で慰められたのと同様に、眠れぬ夜のつれづれに1編づつ読んでいきたい、これはそういうお話の本なのです。

有名な、「アラジンと魔法のランプ」「船乗りシンドバッドの航海」「アリ・ババと四十人の盗賊」「壷の中の悪魔と三つの願い」なども、 この『千一夜物語』のなかで読めるお話です。

もっとも、アリ・ババがあんな親不幸な不良少年だったなんてことは、昔読んだ、子供向けの“千一夜物語”には、どれも、出て来なかったような気がします
父親の死んだ後、昼も夜も、目も見えなくなるくらい綿を紡いで働き続けて彼を育ててくれた母親に何の孝行もせず、自分が働いて稼げるほどに大きくなっても、母親の貧しい稼ぎに頼って、のらくら遊び暮らしているアリ・ババ……。
こうした少年がふとしたことから幸運を手にいれて、調子良く楽しい冒険を重ね、首尾良く富と幸福を手にいれてしまうというのでは、教育的によろしくないという配慮からの改竄(かいざん)なのかも知れません。

間抜けな王様

千と一夜にも渡って一夜も欠かさず同衾(どうきん)しながら、その相手がその間に、子供を三人も生んだことに気づかないシャハリヤールは随分間抜けな王様で、これでは妃に手玉に取られて不倫をされても仕方がないような気もします。
妃や女奴隷たちの乱行を知ったのも、そもそも弟のシャハザマーン王に教えられてのことで、それまではまったく気づかなかったというのですからちょっと救いようがありません。

千と一夜が終わって、シャハリヤールはシャハラザードを改めて妃に迎え、さらに、同様の傷心のために、自分の王国で兄と同じ所業を行っていた弟シャハザマーンもまた、その話を聞いて、彼女の妹ドニアザードを娶(めと)ることを求めます。
シャハラザードはこのときにあたっても、自分たちに都合のよい条件を持ち出して、自分たちの父をシャハザマーンの王国の王としてしまいます。
こうして見ると、この兄弟の王様のこれからの家庭生活は、完全に妻たちに牛耳(ぎゅうじ)られて、いいように操られてのものになるのではないかと、ちょっと意地悪く想像されてしまいます。

溌刺(はつらつ)とした女たち

シヤハラザードをはじめとして、この物語に出てくる女たちはみんな、聡明で元気がよくて溌刺(はつらつ)としています。
現代のイスラム世界に見られる厳しい戒律を考えると、本当にああして、女性たちが生き生きと活躍できる世界がイスラムの過去にはあったのか、そこのところがもうひとつよくわかりません。
この物語がイスラム世界でどのように読まれているのか、知りたいところではあります。
もっとも、“千一夜物語”が成立した十世紀前後のイスラム世界は、ヨーロッパよりもずっと進んだ解明的な文明の花開く、世界の一大文化センターでした。
女性も今よりずっと開放的であったのかもしれません。

ともあれ、これほどのファンタジーの宝庫が、読みやすく、しかも手に入れやすい形で様々な出版社から刊行されているのです。
放っておく手はありません。


『アラビアン・ナイト(全18巻・別巻1』(原典版)  ALF LAYLA WA LAYLA, Translated by Maejima Shinji / Ikeda Osamu  前嶋信次・池田修 訳  1966年7月10日〜1992年6月10日  平凡社東洋文庫
完訳 千一夜物語(全13巻)』(マドリュス版)  LE LIVRE DES MILLE NUITS ET UNE NUIT, Translated into French by Dr. J. C. Mardrus, Translated by Toyoshima Yoshio /Watanabe Kazuo / Satou Masaaki /Okabe Masataka  豊島与志雄・渡辺一夫・佐藤正彰・岡部正孝 訳  1988年7月7日〜1988年7月7日  岩波文庫
『千一夜物語(全10巻)』(マドリュス版)  LE LIVRE DES MILLE NUITS ET UNE NUIT, Translated into French by Dr. J. C. Mardrus, Translated by Satou Masaaki  佐藤正彰 訳  1988年3月29日〜1989年1月31日  ちくま文庫
『バートン版 千夜一夜物語(全11巻)』(バートン版)  THE BOOK OF THE THOUSAND NIGHTS AND A NIGHT, Translated into English by Sir Richard Francis Burton, Translated by Ooba Masafumi  リチャード・F・バートン 著  大場正史 訳  2003年10月8日〜2004年8月9日  ちくま文庫

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