書籍データは持っている本のものです。現在最新のデータではありません。
『太字斜体』の見出しは書籍名、「太字」の見出しは単行本収録の作品名です。
「斜体」は引用です。
好みかも〜〜っp(^^)q |
精神のコピーや改変が自在にできるようになったことで不死を獲得した人類が空前の繁栄を謳歌する、〈黄金の普遍(ゴールデン・エキュメン)〉と称せられる太陽系文明の世界に生きるファエトンは、自分が250年分の記憶を失っていることを知る。
失われた記憶の中にある自らが犯したという犯罪とは何なのか?
妻は、父は、そして自分自身は本物なのか?
そして、〈黄金の普遍〉の瓦解を狙っているとおぼしき敵の正体とは?
* * *
不死となった人々が、犯罪も暴力もない世界で無限の自由と繁栄を謳歌しているかに見える、一見ユートピアのような〈黄金の普遍〉の世界。
しかしその実、この文明を至上のものと考える不死人類は非常に臆病になって保守化しており、かれらの自由は、その行為がこの文明の安寧を脅かすことがないと予測される範囲内でしか許されず、好ましくないと考えられる行為をしようとする者は、記憶改変などによって矯正されてしまう。
ファエトンの夢は、〈黄金の普遍〉の安寧を脅かす可能性を孕んでいたが故に、阻止されなければならないものだったのだ。
人々は脳内にリンクするAIに大きく依存して生きているため、常に脳内を監視されているに等しく、プライバシーは存在しない。
〈黄金の普遍〉の人々は、〈黄金の普遍〉を拒否して不死を選ばず、プライバシーを守って太陽系辺境に貧しく生きる人々を、かれらの監視社会に参加しないが故に、予測不能の不確実な未来を招きかねないおぞましい犯罪者として、見下しながらも畏れている。
紆余曲折の末に記憶を取り戻したファエトンは、すべてを奪われ、水も空気もスペースも購うことができなくなって、かれの前ではもはやバーチャルな見せかけを持たなくなった〈黄金の普遍〉のリアルワールドでただひとりサバイバルしなければならなくなる。
しかし、かれの夢に賛同し、その夢に未来を賭けようとする人々の存在も示唆されて……。
* * *
厳格に管理された偽りのユートピアにたったひとり立ち向かう孤高の主人公……。
三部作の第一部だというこの書では、〈黄金の普遍〉の世界を微に入り細を穿って描出することに大半が費やされてストーリーがなかなか進まずまだるっこしかったのだけど、読み終えてみれば好みの設定にワクワク……というわけで、物語が大きく動き始めるであろう第二部以降が待ち遠しい(^^)v
おもしろかったけどちょっと辛い(>_<) |
自らの私怨に突き動かされて外国人犯罪者を閉め出すために警察とヤクザが手を組む体制を作り上げようとする警察官僚に対して、現場の警察官を支えている警察というものの建前の理想像を壊すまい苦闘する警察官と犯罪者の物語を、自立した一人の人間として立ち上がろうとする中国人女性の姿を中心軸に置いて描いた一冊。
前作の『風化水脈』で真壁が姿を消し、長年の宿敵だった仙田と香田がこの作品を最後にその姿を消すことになる……、というわけで、もしかしてこれが〈新宿鮫・シリーズ〉の最終巻かもとも思わせる。
次の〈鮫〉の物語があるとしたら、呉明蘭が準レギュラーとなって鮫島の前に立ちはだかることになるのかな?
二人の極上の男たちに愛されて、自分を磨いてかれらと対等の存在になろうと頑張る呉明蘭は、犯罪者側の人間ではあるけれど、羨ましくも格好いい現代女性……と言えるかな?
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大層おもしろく、巻置くあたわずといった感じで読み終えたのだけど、リアルワールドがシビアになっていくに従って〈新宿鮫・シリーズ〉もどんどんシビアになってしまって、これからの日本でわたしのような人間が生活の安寧を守りながら普通に暮らすなどということはもはや幻想にすぎないのかもしれないと考えさせられる、なかなか辛い一冊でもありました。
〈鮫〉以前の、破天荒で楽しかった大沢ワールドが懐かしい(T.T)
挟み込みのチラシで作者が「晶の比重はどんどん薄くしています」と語っているように、初期の大沢作品の楽しい破天荒を引きずる、鮫島の恋人であるロックシンガーの晶の存在も消えていこうとしているらしい。
リアルでシビアな現在の鮫の世界に、晶をあのままの形で置いておくことができなくなったのか……。
破天荒で楽しい〈鮫〉と、現代を描く重厚な〈鮫〉とを、両方同時に望むことはできないんだろうなぁ(>_<)
榎木津と京極堂 |
今回は登場人物たちの思考経路のそれぞれの特質が最初から明かされて、それぞれにいささか異常な論理体系の中に生きている登場人物の心理の動きが非常にわかりやすく描かれているためか、今までの京極堂のシリーズの多くに感じられる異様な違和感による気持ちの悪さはなかった。
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益田の目線を通して、京極堂と榎木津の関係を解析して見せてくれたのが興味深かった。
『妖精のアイルランド』の中に、京極堂を、かれの属する共同体の安定を取り戻すために機能するフェアリー・ドクター(従って共同体の外部の人間を京極堂は救わない)として解析してくれたコラムがあって非常に腑に落ちるものがあったのだが、これと合わせてみると、京極堂は自らの共同体の内部を安定させるために機能し、榎木津は共同体の外部の安定を図るために機能している……ということになるのかな?
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『新宿鮫\ 狼花』と同様の警察官僚と現場警察官の関係に関する考察がちょっとあったりするのは、作者同士が平素話をしていたりするところからきていたりしているのかな?
……同じ大沢オフィス所属で親しくなさっておいでのようですからネ。
弾けて欲しい(>_<) |
一読、非常に現代的な問題をSFに仮託して描いた作品群と読めるけれど、その発表年を考えると、その先見性が凄い。
ただ、(今となってみると)現代に通じる、どんどん酷いことになっていく息苦しい未来を予言しながら、予言するだけでちっとも弾けてくれないのが辛い。
主人公が状況を何とかしようと決意して終わる「コンピュータ・フレンドリー」だけは、ちょっと嬉しいかも。
暖かい目線が心地よい |
不死身伝説で有名な「クマムシ」の真実の姿を明らかにする、著者のクマムシに対する愛情満載の書。
これらの実験結果は、あくまでも「蘇生したかどうか」について見ているだけだ。その後のクマムシが平和に一生をまっとうしたかどうかが大事なのだが、このことはいつも忘れられている。苛酷な実験をされたクマムシたちは、蘇生したとしてもそのすぐ後で、『あしたのジョー』のように燃え尽きて倒れるものもいたはずなのだ。
著者がクマムシに寄せる暖かい目線が心地よく、クマムシを本当に可愛いと思っている著者が、どういう風にクマムシを可愛いと思っているかを次のような楽しい文章で語ってくれます。
お腹が餌でいっぱいになったクマムシを探すと、なんだかもよおしてきたぞ、というクマムシがそれらしい様子でもじもじしていることがあります。
歩いていて脚を滑らせたクマムシが「あれぇ〜」と言いながら(?)落ちていく図を想像するとおかしい。
* * *
著者の目にはクマムシがこんなふうに映っているんだろうなと思わせる、諸処に挿入されている小さなクマムシのイラストがとっても可愛くて気に入りました(*^_^*)
残念ながら、写真や動画で見る限り、わたしには、現実のクマムシがそんなに可愛いとは思えないんですけどネ(>_<)
ごめんなさいm(__)m わたしはクリオネもウーパールーパーも可愛いとは思えない人なんです。
まだ位置づけがわからない〜〜っ(>_<) |
前作『グラン・ヴァカンス』で把握しきれなかった世界の姿が鮮やかに立ち現れてきて「へえ、そうだったのか」と思うことしきり。
もっとも、まだわからないことだらけで、シリーズ完結時に自分がこのシリーズをどのように見ることになるのか、今のところぜんぜん予測がつかない。
全編に横溢する残酷を自分の中にどう収めることになるかで、このシリーズが大好きになるか大嫌いになるかが決まるんだろうけど……。
というわけで、この作品についてはシリーズが完結してから改めて書くことになるんじゃないかと思います。