第4章 異界の民の物語 異界に生い立つこどもたち

EARTHSEA by Ursula K.Le Guin

ゲド戦記

アーシュラ・K・ル=グウィン


主人公とともに獲得していく心の自由

死霊を呼び出す呪文

アースシーは、海に浮かぶたくさんの島々から成り立つ世界である。
その島々の一つゴント島にかじ屋の息子として生まれた少年は、幼い頃から、なみなみならぬ魔法の力を発揮した。
少年にはまじない師の伯母がいて、雑然とした誤りだらけの知識ではあったが、知っているかぎりの魔法を教えてくれた。

十二才になったある日、少年の村を攻めてきたカルガド人との戦いで、少年の魔法が大きな力を発揮する。
魔法の力を使い切って意識をなくした少年の魂を呼び戻してくれたのは、ル・アルビの町の大魔法使い“沈黙のオジオン”だった。
オジオンによって“真(まこと)の名”を与えられた少年は、彼の弟子となって村を出る。

彼の真(まこと)の名はゲド。
魔法はものの真(まこと)の名を知ることから始まる。
真(まこと)の名を知ることはそのものの本質を支配することなのだ。
だから人は、真(まこと)の名を滅多に人に知らせることはない。
人に真(まこと)の名を知られるということは、相手に、自分が支配されてしまうということなのだから……。

オジオンの弟子となったゲドを待っていたのは、しかし、想像していたような華々しい魔法の数々ではなく、乞食のような放浪の日々だった。
そんな毎日に不満を抱くゲドは、ある日、領主の娘にそそのかされて、オジオンの“知恵の書”を開き、死霊を呼び出す呪文を見てしまう。
“影”が初めてゲドの前に姿を現したのはこのときだった。
闇よりも濃い、どろどろと形の定まらない暗黒の影……。
恐怖に縛られて、身体は椅子にくくりつけられたように動かない。
このときは、白い光とともに飛び込んできたオジオンの呪文によって、ゲドは救われたのである。

ゲドの苦悩

早く魔法を習得したいと望むゲドは、オジオンと別れて、魔法使いの学院のあるローク島へ行くことになる。
学院で知り合ったのは、生涯の友となる、東海域から来た親切で素朴なカラスノエンドウと、ことごとくゲドと対立することになるハブナー島の領主の息子ヒスイである。
学院でゲドはみるみる頭角を現して、同期のものの誰よりも速やかに魔法を身につけていく。
皆に一目置かれて、ゲドの傲慢はつのっていった。
そして祭りの晩に、ヒスイへの競争心と傲慢から、ゲドは、かつてオジオンの“知恵の書”に見た、死霊を呼び出す呪文を使ってしまうのだ。

呪文の目的、伝説のエルファーランの美しい姿を見たのはほんの一瞬のことだった。
光の破れ目から気味の悪い影が這い出してゲドを襲う。
四本の足が彼の体に鋭い爪を立て、肉を引き裂いた。
カラスノエンドウが彼を助けようとしたがかなわない。
ゲドを助けたのは大賢人ネマールだった。
しかしゲドを助けるために、ネマールはその命を落としてしまったのである。

ゲドの傲慢は微塵(みじん)に砕け、彼は控え目な考え深い青年に変わった。
そしてそれ以来、ゲドは自分の呼び出した影につきまとわれる宿命を負うことになるのである。
宇宙の均衡を考えることなく魔法を使ったことへの、それが報いであった。

──『第1部・影との戦い』

自分自身の醜い部分を認めること

《ゲド戦記》『第1部・影との戦い』では、こうして、自分の呼び出してしまった影と戦うゲドの放浪の旅が描かれることになります。
ゲドはこの戦いを通して、自分のなかの影を認めて生きること──、自分自身のなかにある、正視したくない醜い部分をも自分自身と認めて生きることを学びます。
彼とともにこの困難な闘いを乗り越えた読者は、晴れ晴れとした解放感を覚えることができるでしょう。
ゲドとともに物語を生きて新しい認識を得た読者は、ゲドと同様、新しい精神の自由を獲得することになるからです。

成長する魂とともに

『第2部・こわれた腕輪』で、ゲドは太古の闇の力の支配するアチュアンの墓所から大巫女テナーを救いだし、二つに割れたエレス・アクベの腕輪をひとつにつなげて、アースシーに平和をもたらします。
『第3部・さいはての島へ』で、ゲドは不死を願う人間の欲望が開けてしまった生死をしきる扉を閉めて、世界の均衡を回復します。

第2部と第3部で描かれるのは、確かにゲドの勲(いさおし)ですが、ここでの主人公は、すでにおとなになってしまったゲドではありません。
ゲドと行動を共にする、大巫女テナーや王子アレンという、それぞれ、自分たちの真の姿を知ろうとする、成長途上の子供たちです。
三部作は、一冊ごとに一つづつ、心の自由を獲得していく事ができる仕掛けになっていて、それぞれの成長する魂と一緒にゲドの生涯をともに生きる事のできた読者には、大感動の読後感が残ります。

……とこの物語は、三部作のはずだったのですが、最近、『第3部・さいはての島へ』から、なんと20年近くも立って、本当の最終話(?)である第4部が発表されました。
近々、日本語訳も刊行されることになっています。
また、『影との戦い』は岩波の同時代ライブラリーに収録されて、いっそう手に入れやすくなりました。

その後『第4部・帰還 ゲド戦記最後の書』『第5部・アースシーの風』『ゲド戦記外伝』が刊行されました。
また、《ゲド戦記》は岩波物語コレクションや同時代ライブラリーでも読むことができます。


《ゲド戦記》  EARTHSEA by Ursula K.Le Guin, Translated by Shimizu Masako  アーシュラ・K・ル=グウィン 著  清水真砂子 訳  岩波書店
『第1部・影との戦い』  A WIZARD OF EARTHSEA  1976年9月24日
『第2部・こわれた腕環』 THE TOMBS OF ATUAN  1976年12月10日
『第3部・さいはての島へ』 THE FARTHEST SHORE  1977年8月30日
『第4部・帰還 ゲド戦記最後の書』 TEHANU  1993年3月25日
『第5部・アースシーの風』 THE OTHER WIND  2003年3月20日』
『ゲド戦記外伝』 TALES FROM EARTHSEA  2004年5月27日

『ゲド戦記 影との戦い』  A WIZARD OF EARTHSEA by Ursula K.Le Guin, Translated by Shimizu Masako  アーシュラ・K・ル=グウィン 著  清水真砂子 訳  1992年3月16日  岩波書店・同時代ライブラリー
《ゲド戦記》  EARTHSEA by Ursula K.Le Guin, Translated by Shimizu Masako  アーシュラ・K・ル=グウィン 著  清水真砂子 訳  岩波物語コレクション
『第1部・影との戦い』  A WIZARD OF EARTHSEA  1999年10月5日
『第2部・こわれた腕環』  THE TOMBS OF ATUAN  1999年10月5日
『第3部・さいはての島へ』  THE FARTHEST SHORE  1999年12月6日
『第4部・帰還 ゲド戦記最後の書』  TEHANU  1999年12月6日
『第5部・アースシーの風』  TALES FROM EARTHSEA  2004年3月17日

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