第3章 変形する過去・未来 変形する過去〈日本編〉

MAKAI TENSYOU by Yamada Fuwtarou

魔界転生(まかいてんしょう)

山田風太郎


悪の権化となって甦(よみがえ)った
稀代(きたい)の剣豪たち

甦る荒木又右衛門と天草四郎

宮本武蔵(みやもとむさし)は見た。
女の身体を蝉の抜けがらのように脱ぎ捨てて、男の身体が生まれ出るさまを。
それは昨年確かに死んだはずの荒木又右衛門(あらきまたえもん)であった。
さらに、もう一人の女の身体を脱ぎ捨てて現れたのは……。
なんとそれは天草四郎時貞(あまくさしろうときさだ)その人ではないか。
キリシタン宗徒が徳川幕府の弾圧に抗して戦った島原の乱終焉の日のことである。
すでに天草四郎の首は塩漬けにされ、江戸へ向かって送り出さたはずなのだ。

彼らを生き返らせたのは、外国の魔術と日本の忍法を組み合わせた妖術だった。
関ヶ原で敗れたキリシタン大名小西行長(こにしゆきなが)の遺恨を張らすべく、徳川の世に騒乱を巻き起こそうとする森宗意軒(もりそういけん)の策謀の、これがその始まりだったのである。

悪行を重ねる甦った魔人たち

甦りの術に耐え得るものの条件は、「死期迫ってなお超絶の気力体力を持ちながら、おのれの人生に歯がみするほどの悔いと不満を抱いておる人物。もう一つ別の人生を送りたかったと熱願しておる人物」……。
甦ったものは、もはやもとの人間ではない。
すべてのしがらみを断ち切って、おのれの欲望を思う様に解放して生きる、恐るべき魔人なのである。
人を殺すことにも、女を犯すことにももはや何の禁忌(きんき)も持たない彼らは、数々の忌まわしい悪行を重ねて第二の生を生きていく。

宗意軒が次々に転生させる魔人の数は、七人。
天草四郎時貞、荒木又右衛門、田宮坊太郎(たみやぼうたろう)、宮本武蔵、宝蔵院胤舜(ほうぞういんいんしゅん)、柳生如雲斎(やぎゅうじょうんさい)、柳生但馬守宗矩(やぎゅうたじまのかみむねのり)。
これに、転生かなわぬ由比正雪(ゆいしょうせつ)を交え、将軍の座に着くことへの野望に燃える南海の竜、紀伊大納言頼宣(きいだいなごんよりのぶ)を抱き込んで、紀州の地は妖魅な陰謀に血塗られる。

柳生十兵衛の死闘

この陰謀を阻止しようと悪戦苦闘するのは、柳生の庄に追放の身となっている柳生の異端児、隻眼(せきがん)の剣豪、柳生十兵衛三厳(やぎゅうじゅうべえみつよし)である。
魔人と化して、さらに強力な力を持った名だたる剣士たちを相手にとって、柳生十兵衛と、彼を慕ってつき従う自称柳生十人衆たちの、凄惨な熊野巡礼の旅が始まった。
おまけに、魔人となって十兵衛との対決を夢見る柳生但馬守は彼の実の父なのだ……。


魅力の十兵衛

鬼・イラスト山田風太郎の小説と言えば、通常、時代小説の棚に並んでいるものです。
けれどもこれが、読んでみるとやたらファンタジーしているのです。

登場するのはいずれも名高い時代小説のヒーローたちですが、彼らの生きた時代はずれていて、本当なら彼らの対決はありえません。
だから著者は、こういう形で彼らを一同に集めて、時代小説のファンなら一度は見てみたいと思う夢の対決を実現させたのかもしれません。

豪放磊落(ごうほうらいらく)、明朗濶達(めいろうかったつ)な自由人の柳生十兵衛が何と言っても魅力的。
彼のこの性格と、そして、姉を人質に取られて、十兵衛の陣営にある七才の少年、関口弥太郎(せきぐちやたろう)の明るさが、お話の陰惨を救っています。
後(のち)に柔術の大家として名を馳せることになる弥太郎少年は、幼いながらもその才能の片鱗を存分に発揮して、一人前以上の大活躍をします。

共感できる魔人たち

憎むべき所業を繰り広げる魔人たちも、その心の動きは、それぞれたいへん自然なものに描かれています。
特に、剣の道に精進しながら、徳川の官僚として柳生の家を立てるため、思う様みずからの剣を振るうこともならず、隠忍自重の日々を送った柳生但馬守。
そして、剣の道を極めるために、潔斎精進してあらゆる欲望を耐え忍んだ宮本武蔵。
並みはずれた克己心を持っておのれの道をひた走った彼らが、みずからの歩んだ道に疑問を持って転生を遂げた後、今までとは正反対の道を、これまで以上のエネルギーを持って突っ走っていくというのは充分納得できる成り行きです。
読者は、ある種、快感をもってこれに共感することさえできるでしょう。

二人の美形悪役

裏切った女忍者の両手両足を脱臼させて犯しながら、皮肉な笑いを浮かべて御詠歌(ごえいか)を歌う、無残窮(きわ)まりない天草四郎。
惜しむらくは、彼の内面なども、もう少し踏み込んで描いてくれたらと、これは、彼の美貌と残酷に惚れてしまったもののわがままな嘆きでしょうか。
「一見して妖艷、再見して邪悪」「この世のものならぬ神秘の霧をけぶらせている」 歳を取らぬ美少年天草四郎。
「伸びた月代(さかやき)、のみでそいだような頬、透き通ってみえるほどの皮膚の色── よごれているのに、美しい。美しい幽鬼のような」青年として登場し、天草四郎よりももっと描写の少ない田宮坊太郎。
この二人の美貌の男は、もう少し突っ込んで描かれていたなら、まったく今はやりの魅力的なキャラクターのはずなのです。
もっとも、描かれていないそのあたりのことをいろいろと想像してみるのもまた、この小説を味わう上での楽しい作業と言えるものかもしれません。
それに必要な材料は、充分、作品のなかで提供されているのですから。


『魔界転生(全2巻)』  MAKAI TENSYOU by Yamada Fuwtarou  山田風太郎 著
1978年4月5日  角川文庫
1991年11月10日・1992年3月10日  富士見書房・時代小説文庫
1994年5月1日  講談社文庫

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