第2章 異形の隣人たち 西洋妖精譚

A MIDSUMMER NIGHT'S DREAM by William Shakespeare

夏の夜の夢

ウィリアム・シェイクスピア


妖精と人間の世界が交わって
てんやわんやの大混乱

妖精の夫婦は仲違いの真っ最中

ハーミアは思わぬ仲のディミートリアスとの結婚を父親に強制されて悩んでいる。
彼女にはライサンダーという相思相愛の恋人がいるのだが、父親はどうしても彼との結婚を認めてくれないのである。
そこで、ハーミアとライサンダーは、町から一マイル離れた森で落ち合い、手に手を取って駆け落ちすることにした。
二人を追って、ディミートリアスと、そして、ディミートリアスを思っていながらかなえられないヘレナが森へやってくる。

さて、この森では、妖精の王オーベロンとその妃タイテーニアが、インド人の美しい子供をめぐって仲違いの真っ最中。
タイテーニアがどうしても子供を譲ろうとしないため、怒ったオーベロンは、悪戯(いたずら)妖精パックに命じて“恋の三色スミレ”を摘んでこさせることにする。
この汁を絞って眠っているものの瞼(まぶた)に注ぐと、そのものは、目覚めて最初に見たものに夢中になってしまうのだ。
タイテーニアに思わぬものを恋させて、そのすきに子供を取り上げてしまおうというわけである。

惚れ薬とパックのために森のなかは大混乱

パックは、森にいた職人たちの一人ボトムを、ロバの頭の怪物に変えて、タイテーニアの思い人にしてしまう。
職人たちは、四日後のアテネの大公シーシュースとヒポリタの婚礼の席で披露する素人劇の練習をしていたのである。
ついでにオーベロンは、ヘレナのディミートリアスに対する恋をかなえさせてやろうとしたのだが、パックの手違いで思わぬ事態となってしまう。
パックは間違って、ライサンダーの瞼に“恋の三色スミレ”の汁を注いでしまい、ライサンダーはヘレナに恋をしてしまうのだ。
間違いに気づいたオーベロンは、ディミートリアスの瞼にも“恋の三色スミレ”の汁を注いだので、さあたいへん。
ヘレナはライサンダーとディミートリアスの二人の男の熱烈な求愛を受けることになってしまったのである。
二人の男から恋を捧げられていたハーミアは、一転して、二人ともから疎(うと)まれる存在になってしまった。
本当なら有頂天になってもいいヘレナだが、みんなが示し合わせて彼女をからかっていると思い込んでしまい、喜ぶことなどできはしない……。


妖精たちがもっとも活動的な夏至前夜

妖精・イラスト一年中でもっとも妖精たちが活発に活動する夏至前夜。
妖精たちと人間の世界が交錯して織りなされる、てんやわんやの一夜の物語です。
夏といっても日本のように湿度の高い暑苦しい夏ではありません。
爽やかで過ごしやすい、英国の一番良い季節……。
舞台は一応アテネとなっていますが、イメージとしてはやはり、英国の小さな公国の宮殿と森のなかのお話といった感じです。

作品は戯曲なので、観賞の一番の方法は、良くできた舞台を見ることで味わうべきものなのでしょう。
背景や人物の外見など、視覚的なものに関してはほとんど描かれていないので、読者がそれぞれの想像力で補って読んでいくしかありません。
それはまた、見方を変えれば、それぞれの心のなかにいくらでも、自分好みの『夏の夜の夢』の世界を作り上げる楽しさを味わえるということでもあるわけです。

かわいい小さな妖精たち

みずみずしい緑の森のなかに陽気に群れ集(つど)って戯れる、かわいい小さな妖精たちを、まず想像してみてください。

「ドングリのなかにもぐりこんで」姿を隠してしまうことができるほど小さな妖精たち。
「麝香(じゃこう)バラのつぼみにもぐりこんだ毛虫を退治し」、蛇が脱ぎ捨てたエナメルの皮を服にして、「月の光がかからぬように蝶の羽根であおぎ」「枕もとのあかりには、蝋のついた蜂の太腿にホタルの目から火をうつ」す妖精たちです。

かわいくて、高慢で、意地悪で、艶めいていて、華麗で華奢で繊細。
難しいことは考えず、陽気に軽々と生きている妖精たち……。
子供のように無邪気で、根は優しい妖精たちなのです。

シェークスピアがこの作品のなかで描いて見せたこうしたイメージこそが、長い間日本人の考えていた、小さくて愛らしい西洋の妖精の姿そのものであるような気がします。

それでも、彼らはもともと自然界の精霊なので、オーベロンとタイテーニアの仲違いは人間世界の季節を狂わせて、「とまどう世の人々は季節のものを見るだけでは今がどの季節かさっぱりわからない」──、というくらいの力は持っています。

気ままなで軽やかな夫婦生活

「月夜にはまずい出会いだな、高慢なタイテーニア。」
「あら、嫉妬深いオーベロン! 妖精たち、行くわよ、あの人のベッドにもそばにも近づかないと誓ったのだから。」

オーベロンとタイテーニアの出会いがしら、開口一番の台詞です。

オーベロンとタイテーニアは妖精の夫婦ですが、二人は気ままな妖精にふさわしく、一つ屋根の下に角(つの)突き合わせて暮らすということはせず、どうやらそれぞれ勝手なところで暮らして勝手に遊んでいるようです。
彼らがこの森のなかで顔を合わせたのも、もとはといえば、彼らそれぞれの恋人だったシーシュースとヒポリタの婚礼を、それぞれ祝いに訪れたためというわけです。
なかなか幸せで楽しそうな夫婦生活で、思わず憧れてしまいます。

妖精たちの空騒ぎのてんやわんやは、結局、3組の恋人の結婚という大団円を迎え、オーベロンとタイテーニアの仲違いも丸く収まって、彼らの結婚を寿(ことほ)ぐ幸せな結末を迎えることになります。
幸せな一夜の夢を見たような気分にしてくれる、楽しい作品です。


『夏の夜の夢』  A MIDSUMMER NIGHT'S DREAM by William Shakespeare Translated by Odashim Yuwshi  ウィリアム・シェイクスピア 著  小田島雄志 訳  1983年10月10日  白水uブックス・シェイクスピア全集
「夏の夜の夢」(『夏の夜の夢・あらし』所収)  A MIDSUMMER NIGHT'S DREAM in "NATSU NO YO NO YUME / ARASHI" by William Shakespeare Translated by Fukuda Tsuneaki  ウィリアム・シェイクスピア 著  福田恆存 訳  1971年7月30日  新潮文庫

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