高校一年生になったばかりの、人間離れした美貌の少年、大鳳吼(おおとりこう)。
彼はその美貌の故に、暴力的な人間のサディスティックな欲望を刺激する、気の弱いいじめられやすいタイプの少年だった。
しかし彼は、武術の達人である同じ学校の巨漢の高校生九十九三蔵(つくもさんぞう)と知り合ったことから、彼の師である真壁雲斎(まかべうんさい)に武道を習って強くなりたいと願うようになる。
武道の訓練をするうちに、己のなかの戦いの血が目覚めていくのを感じる大鳳吼。
そしてある日彼は、淡い恋愛関係にある織部深雪(おりべみゆき)をかばって、二人に絡んできた同級生たちを完膚なきまでに叩きのめしてしまう。
戦いの後(のち)、高熱を発した大鳳は、彼がたびたび見るある夢を見た。
内側から獣に喰い尽くされて、自分が獣に変わる夢。
異様なおぞましさと快感を伴った、馴染みの夢である。
熱の引いた彼は凄まじい飢餓感に支配され、訪ねてきた亜室由魅(あむろゆみ)の差し出した生肉をむさぼり喰い、誘われるままに彼女の身体を抱いた。
「キマイラが出てくるのも、もうすぐね」
不思議な言葉をつぶやいて、彼女は大鳳のもとを去る。
こうして大鳳は九鬼麗一(くきれいいち)と敵対することになってしまった。
不思議な美少女亜室由魅は、九鬼の女だったのである。
九鬼は大鳳にも劣らぬ美貌の高校生だが、彼には大鳳のひ弱さ、気の弱さは微塵(みじん)もない。
彼は学園に陰然たる影の力を持ち、学校の武道場である鬼道館の猛者(もさ)どもを、己の力で引き従えているのである。
大鳳が由魅を抱いた報復に、九鬼は織部深雪をさらい、辱(はずかしめ)ようとした。
大鳳は深雪を助けようと九鬼を追う。
そして、大鳳は見たのである。
さまざまな野獣(けだもの)の混合体のようなおぞましい獣“幻獣(キマイラ)”に変身する九鬼の姿を……。
九鬼はその身体のなかに幻獣(キマイラ)を飼っていたのである。
幻獣(キマイラ)に己を解放するのを抑えていたのは、九鬼の凄まじい克己心だった。
そして大鳳は、自分もまたいずれ、幻獣(キマイラ)に変身する身であることを知るのである。
幻獣(キマイラ)化を押さえ、制御する術(すべ)はあるのか。
幻獣(キマイラ)の秘密のまわりをうごめく、いくつもの謎の組織の思惑とはいったいなんなのか。
そも、幻獣(キマイラ)とはいったい何か……。
いまだ固まらぬみずみずしい心を持った少年たちの、苦しい魂のさすらいが始まろうとしているのであった。
己の内なる野獣。
それへの恐れと希求。
幻獣(キマイラ)は、人の心に内在する凶暴性が形を成したものです。
殴り返されるのが恐いがために己のうちに封じ込めている凶暴な激情。
それを解放したときに感じるであろう快感こそが、幻獣(キマイラ)に変わるときの大鳳や九鬼の歓喜なのです。
その美貌のゆえに、そして、その性(さが)のゆえに、サディスティックな人間たちによるいわれのない暴力に怯(おび)えなければならなかった大鳳吼と九鬼麗一……。
女に生まれてしまったがために、一部の男たちの理不尽な暴力を警戒しなければならない私……。
この私のなかにも、やはり、彼らと同じように内に秘めて解放することのできない激情があって、彼らのそうした思いに非常な共感を覚えることができます。
けれども己の内の幻獣(キマイラ)を解放してしまったものは、もはや多数のなかに埋没しての、安易で平穏な普通人の日常に戻ることはできません。
昨日と同じ今日、今日と同じ明日に背を向けて、自由になった獣は修羅の道を行くしかないのでしょう。
織部美雪への愛に苦しんで、悩み多い青春のまっただなかにある、身体と同様、心も大きい九十九三蔵
ジーパン愛用、パソコンのゲームソフトも自分で組んでしまうという、好奇心いっぱいの若々しい老人、真壁雲斎。
雲斎とはまったく対称的に、歳を重ねてなおぎらぎらとした凄みを磨き続けるもう一人の強烈な個性の老人、宇名月典善(うなづきてんぜん)。
己の内の幻獣(キマイラ)から逃れようとさまよううちに浮浪者のなかに身を投じた大鳳吼を、限りない優しさを込めて見守る岩さん。
大鳳と九鬼への憎しみと執念だけで生きている菊地良二。
幻獣(キマイラ)に怯えて、その前から無様に逃げてしまったために自分自身を見失い、どん底からもう一度新たな自分を見い出して立ち上がろうともがく、年齢不詳の美麗な男、龍王院弘(りゅうおういんひろし)。
そして、もう一人の幻獣(キマイラ)巫炎(ふえん)……。
これからまだまだ続くであろう長大な《キマイラ・吼》のシリーズには、次々にたくさんの魅力的な人間たちが登場して、それぞれに悩み苦しみながら、自分の道を歩いていきます。