狼は群れの頭以外のどんなものからも命令を受けない、誇り高い“自由の民”だ。
インド、シオニー丘の夕方、四頭のこどもを育てている狼の巣穴では、父狼が狩りに出ようとしていた。
そこへ虎のシア・カンが人間を狩る声が聞こえてくる。
シア・カンはジャングルのみんなから嫌われ、軽蔑されている人食い虎だ。
しかし、今回のシア・カンの狩りは失敗したようだ。
誤って木樵り(きこり)の焚火のなかに飛び込んで、足に火傷(やけど)をしたらしい。
そして狼たちは、よちよち歩きの人間のこどもが、ジャングルのなかを彼らのところにやってくるのを見つけたのである。
鳶色(とびいろ)の裸の赤ん坊。
柔らかい、えくぼのある、かわいいちっちゃなやつだ。
少しも恐れることなく狼のこどもたちをかきわけて母狼の乳を吸う人間の赤ん坊を、狼たちはすっかり気に入ってしまう。
だから、シア・カンが狼たちの洞穴(ほらあな)の入口に現れて人間のこどもを渡すように要求したときも、彼らは自由の民の誇りにかけて赤ん坊を渡さなかった。
狼に育てられて、蛙という意味のモーグリと名づけられた人間のこどもが群れの会議にかけられるときがやってきた。
狼たちの掟では、狼のこどもたちが立って歩けるようになると、毎月一回、満月の夜に開かれる群れの会議に連れてきて、他の狼たちに顔を覚えてもらわなければならないのだ。
岩やごろた石に覆われた丘の頂上の会議岩には、四十頭以上の狼たちが座っていた。
群れを率いる独り身の巨大な灰色狼アケーラは、自分の岩の上に長々と寝そべって、時々岩の上から叫んでいる。
「みんな、おきてを知っているだろうな──おきてを。よく見ておけよ、オオカミたち!」
母親たちが叫ぶ。
「見ておくれ──よく見ておくれよ、オオカミたち!」
しかしモーグリの番になって、やはり問題が起きてしまう。
会議岩の周りをうろついていたシア・カンが、モーグリは自分の獲物であると主張する。
4歳子の若い狼たちが、モーグリを仲間と認めることに反対して叫ぶ。
「自由の民が人間のこどもとなんのかかわりがあるんだ」
母狼は、人間のこどもを守って、それが自分の最後の戦いになるであろう、死を賭した戦いをする覚悟をする。
このとき、群れの会議に狼の仲間として出席を許されている唯一の生き物、若い狼たちにジャングルの掟を教えている熊のバールーが立ち上がり、モーグリの弁護をしてくれる。
それから黒豹のバギーラが──彼は本来、群れの会議には何の権利も持っていないのだが──ジャングルの掟に従って、一頭の牡牛でモーグリの命をあがなった。
こうしてモーグリはシオニー丘の狼の群れの一員となったのだ。
やがてモーグリは、父狼や母狼、バールーやバギーラの教えを受けて、強く逞(たくま)しい少年に成長した。
アケーラは歳をとり、群れの統制は乱れてきている。
若い狼たちは虎のシア・カンと親しくなり、彼の後(あと)をついて歩いて、その食い残しにありつくようになっていた。
モーグリが群れに加わったときのことを知らない彼らは、シア・カンにそそのかされて、人間のこどもが群れのなかにいるのはおかしいと思い始めているのであった。
まもなくアケーラが、自分の獲物を殺しそこなう日が来るはずだ。
そのときこそ、群れがアケーラに背き、モーグリに背くときなのだ。
力のなくなった頭は狼どもに殺されて、新しい頭にとって変わられる。
それが狼たちの習わしなのである。
そうなれば、モーグリは狼の群れに守られることなく、シア・カンと対決しなければならなくなるだろう……。
「モーグリの兄弟」のお話の後、モーグリは人間の世界に帰るのですが、結局彼は人間の世界にも入れられず、シア・カンを倒して後(のち)、再びジャングルに帰ることになります。
今度は、ジャングルの王者として……。
『ジャングル・ブック』には、こうして、狼の世界と人間の世界の間に揺れ動くモーグリの姿を大きな主題に、ジャングルでのモーグリのさまざまな冒険が収められています。
幼い頃のモーグリが、猿たちにさらわれて、巨大なウワバミのカーに助けられる話。
虎が何故ジャングルの王でなくなったか、ジャングルにどうして人間がやってきたかという、ジャングルに伝わる伝説。
冷たい墓場と呼ばれる大昔の人間の廃墟に莫大な宝物を見つける話。
そして、デカン高原からやってきた赤い狩人ドールの大群との壮絶な戦い。
この戦いで、歳老いたアケーラが死にます。
人間はやっぱり人間の世界に帰っていくべきだとモーグリに言い残して……。
黒豹表のバギーラが魅力的。
バギーラを知らないものはなかった。そして、だれも、かれが進んでくる前を横ぎろうとするものはなかった。かれはタバキのように知恵がまわり、野生のスイギュウのように大胆で、傷ついたゾウのように向こう見ずだったからだ。だが、かれの声は木から滴り落ちる野蜜のようにやさしかったし、かれの皮膚はわた毛よりももっと柔らかかった
強くて洒脱、超越したところで思いのままに生きて、人生を楽しんでいる風情があります。
それから、灰色の巨大な独り狼アケーラ。
私の憧れの狼です。
バギーラとアケーラは、こどもたちの成長を暖かく、そして、厳しく見守って、やがて彼らが自分を乗り越えていくことを願う、理想の父親像であるのかもしれません。
そして、優しい先生、熊のバールー。
何百年も生きて、その巨大な身体に偉大な知恵を秘めた大ウワバミのカー。
トンビのチル。
みんな、素敵な連中ばかりです。
彼らに囲まれてのジャングルでの生活はたいそう魅力的に思えてなりません。
ジャングルのなかで胸を張って生きていける、モーグリの力と野生の知恵が欲しいものです。
こうしてジャングルへの憧れ、そして、インドへの憧れを大いに触発してくれる『ジャングル・ブック』なのですが、イギリスがインドを植民地にしていた時代に書かれたものであることを反映して、イギリス人の奢(おご)りといったものが見られないこともないのが残念といえば残念です。
もっともモーグリのお話にはほとんどイギリス人が出てこないので、気に触るというほどのものではありません。
『ジャングル・ブック』には、モーグリの話の他にも、おもしろく読めて、しかもさまざまに考えさせられる内容を持ったいくつかの動物の物語が収められています。
ベーリング海に育った白アザラシのコチックが、彼らの毛皮を求める人間たちの殺戮を逃れるために、仲間たちに新しい海岸を発見する話。
インドのイギリス人駐在武官の家に飼われているマングースのリッキ・ティッキ・タヴィが、庭を占領しようとするコブラの夫婦と戦う話。
象使いの少年トーマイが、彼のかわいがっている象の背中に乗って、人間が誰も見たことのない伝説の“象の踊り”を見る話。
鰐のジャカーラの話。
北極の橇犬の話。
等々。
残念ながら、「THE UNDERTAKERS」と
「QUIQUERN」は、現在日本語で読む方法はないようです。
『ジャングル・ブック』はさまざまな出版社から、いろいろな版が出ては絶版になるという状態を繰り返しています。
現在、手軽に読める偕成社文庫版には、外伝「ラク(ジャングル)にて」を含むモーグリの話がすべて収められています。
“タバキ”=シア・カンの腰巾着の悪知恵が働くヤマイヌ。
※ 本文引用は新潮文庫版(吉田甲子太郎 訳)を使用しています。
※ 話の題名は岩波少年文庫版(中野好夫 訳)も一部使用しています。